はるひ

















 居なくなってしまいたいと

 見上げ続けた日々がある

 ここに居てもいいのかと

 膝小僧砂利に押し当て

 

 居なくなってしまえば

 見上げることなどないから

 ここにわたしが居なくても

 季節はめぐるのでしょう

 


 拾い上げたものは

 月にさえ照らされず

 砂利の痛みは消えずにある

 棘にすら流れない

 滲んでばかりの声でした



 居なくなってしまえば

 そればかりが願いでした

 ただそれだけの毎日です

 一昨年の春のことばでした

 居なくなってしまえばと

 生きてたことさえ

 気づけなかった

 見上げることをやめたから

 季節はめぐっていきました


 居なくなってしまわないよう

 声をなくして目を開けました

 見えるものは変わらないけど

 雨は綺麗にふりました

 居なくなってしまえと

 言われてきたからわかるんです

 とりかごみたいなトイレの中で

 たくさんたくさんわらわれたから


 居なくなってしまいたいと

 見上げ続けた日々のなか

 自分の声はもうなくなった

 ただ春のことでした

 居なくなってしまうと

 この目と耳はどこへ行く

 見上げることをやめたから

 月の明かりがよく見えます

 居なくなってしまえば

 見上げるものなどないのでしょうか

 振り返るのは怖いけど

 恨んだことはありません





 手紙はちゃんと届きました

 読めずに綺麗なままですが

 みんなママになりましたと

 ただ春のことでした

 居なくなってしまっても

 見上げるものはたくさんある

「許してほしい」のタイトルが

 棘に流れて滲んでいます

 居なくならずによかったと

 微笑む季節がめぐるのでしょう

 ただ春のことでした

 自分の声は忘れました

 返事のつもりで書いています

 居なくなってしまえと

 睨みつけた日々がある

 ただ冬のことでした

 自分が怖くてたまらなかった

 居なくなってしまえと

 声は出ないのに叫んでました

 ただ冬のことです

 なんの音もない口を広げて

 居なくなってしまえと

 拾い上げた制服でした

 縫い目のほつれた制服を

 トイレの中で抱えてました

 ただ真冬のことです

 上履きだけは見つからなかった

 居なくなってしまえと

 卵焼きが足元に転がりました

 ただ真冬のことでした

 お弁当はいつも水浸しでした

 お願いだから死んでほしいと

 握りしめたのは真冬のことですが

 いまも後悔しています

 恨んでなんかもう居ません


 許してほしいとは言わないけど

 幸せを分けてくれてありがとう

 素敵な家庭を築いてください

 恨んでなんかもう居ません

 許してほしさに書くわけじゃないけど

 みんなのことが大好きです

 ただ、今日の春のことばです

 生きててよかったと想います

 許してほしさに書くわけじゃないけど

 声のことは気にしないでください

 ただあなたたちが無事でよかった

 恨んでなんかもう居ません



 出会えてよかったと

 心から見上げています

 ただ春のなかですが

 それが私のすべてです



 誰よりも強く生きてください

 手紙はちゃんと届きました

 私の季節は綺麗です

 いまのあなたのように綺麗です。














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