第11話

《sideブラフ》


 トオルの過去を聞いて素晴らしい人間を作った理由が分かったような気がした。

 

 だが、私は自分の過去を語るべきなのか悩んでしまう。 


 私の過去はどうだろうか? ハーレムと言われる場所で見てきたのは醜い争いばかりだ。常に食事には毒が盛られる危険があり、命のやり取りが行われる凄惨な風景。


 女性たちは権力に執着して、自らの子供にまでそれを強要する。

 従者の女たちは権力を持つ妃に媚びへつらって生きている。


 醜悪な景色から目を背けたくて、私は勉強に打ち込む日々を送っていた。


 兄上から女性の醜悪さを教えてもらえなければ、幼い頃の私はすぐに死んでいたことだろう。


「良いか、ブラフよ。人は欲にまみれた生き物なのだ。それは我々の母上であっても変わらない。女性に期待してはいけない。男として強く生きよ。誰も信じるな」


 兄上が女性に対して何を思ったのかは当時の私にはわからない。

 だが、兄上の言葉が今の私を救ってくれたのは事実だ。


「信用できる者を見つけることはとても難しい。どれだけ自らの心や時間を犠牲にしても、相手の信用を勝ち取ることはできない。心から付き従ってくれる者を得ることはどれだけ宝を積まれることよりも大切なことだと思い知ることになるだろう」


 当時の兄上はいったい何を思っていたのかわからない

 ただ、幼い私は確実に兄上によって守られていた。


 ユリウス兄上が、セリフォス兄上を悪く言っていた時も内心では私はセリフォス兄上を信じていた。


 私を騙しているなど思いもしなかった。


 だが、今となっては本当に騙していたのかすらわからない。


 私はこのような辺境に送られ、それを確かめる術も持たないのだ。


「もしかしたら……私の考えはトオルにとっては気持ち悪いと思われるかもしれない。それでも聞いてくれるか?」

「ああ、教えてくれ」


 トオルは真剣な顔で、私の言葉を聞いてくれた。


「私は幼い頃から人の生き死にが隣にいるような環境だった」


 私はトオルにこれまでの人生を語った。 

 女性同士の権力争い。

 王子たちによるプライド自慢。


 どっちも馬鹿げた話だと今なら思う。


 だけど、それが私の人生であり、私の育ってきた当たり前の環境だった。


 古い女官は数が少なく、すぐに新しく若い女官が追加される。

 彼女たちはそれぞれの妃を守るために毒味役として集められるのだ。


 王子たちは、花よ蝶よと育てられ、女官たちは王子たちを操って次の権力を得ようと画策する。


 第一王子、第二王子、第三王子、三つの派閥に別れて常に牽制が行われている。


 私は第一王子派閥ということで、女官たちも一目おいてくれていたから、手を出されることはなかった。


 立場が一番悪い第三王子の兄弟姉妹たちはかなり酷い状態だったと聞いている。


 それを知っていながら、なんの手立ても取ることのなかった私も他の者たちと同罪かもしれない。


 私に唯一出来たことは、セリフォス兄上に進言したことだけだった。


「兄上」


 倒れる者たちを見て兄上に問いかける。


「ブラフよ。人にはそれぞれ立場がある。どうして父上が、今の現状に黙っていると思う?」


 そう問われて私が考えついたことは、父上も女性たちの喧嘩には口出ししたくないのではないかと思った。


「ここは蠱毒なのだ。様々な毒を放り込んで食い合わせる。そこで生き残ったものだけが上がって行くことができる。ここから出たかったら逃げるしかない。それ以外は勝ち上がることだ。お前のことは我が必ず逃してやろう。我は必ず勝ち上がる。勝ち上がった暁には、必ず我の支えとなれ」


 セリフォス兄上の言葉は難しくて、私には理解できない時もあった。


 だが、私は見てしまった。


 女官が兄上を襲い、兄上が女官の首を刎ねる瞬間を。


 それは私が知らない兄上であり、だが兄上が私を守ってくれていた証だった。


 後で知ったことだが、あの女官は私に毒を盛ろうとしていたのだ。


 死と、欲と、陰謀渦巻く花の園。


 それがハーレムであり、王国の中枢。


「幻滅したかい?」

「……正直に言えば、想像ができない」

「そうか、あまりにもトオルのいた世界とは違うだろうね」

「ああ、王様とか、王女様ってのは、贅沢をして、勉強をしていれば、幸せに過ごせるのだろうと勝手に思っていたんだ。だけど、ブラフたちは競わされていたんだな」

「えっ?」


 トオルはゆっくり大きく息を吐いた。

 

 そして、俺の顔を見た。


「その生き方を間違っているのかどうかなんて俺にはわからない。否定することも、肯定することもできない。ただ、言えることはよく生き残ってくれた。よく逃げてきてくれた。ブラフがそんな危険な場所で、どんな方法でも生き残って、今ここにいてくれるから、俺も村人たちも明日がある。ありがとうな」


 はは、ああ、そうか。


 セリフォス兄上が、どうして私を必死に生かそうとしてくれたのか、やっと分かった気がするよ。


 私は彼のために生かされたんだ。


 トオルがこの世界に来た時に、導き手になるために私はここにいる。


 大きな背中を支え、広い心を持っているトオルをこの世界で成長させる。

 いつかトオルはセリフォス兄上と共に大きなことを成し遂げてくれるだろう。


 私はそれまで……。

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