第百一話 考古学者



 

 次の日も、俺達は図書館に足を運んだ。


 昨日と同じように関連した本を探す。だが、目当ての本はやはり見つからない。朝のうちはまだやる気もあった。けれど、昼を過ぎたあたりから、目が本の文字を追いながらも、頭に入ってこなくなった。


 水晶板に書いている古代語の索引、虫食いだらけの記録――それらを片っ端からめくっていく作業は、まるで底なしの井戸を覗いているような気分だった。


 一瞬、目的すら霞んでくる。そんな馬鹿なと思い直しつつ、今めくっていた本をそっと閉じた。


 もう少しだけ、もう一冊だけ、と思いながら、それでも本の山に、俺はため息をこぼすのだった。


 こういう宝探しの冒険家の人達って凄いんだと改めて思う。派手な探索を行う前に、こうした調べ物をする、小さな積み重ねを続けているんだということを理解していなかった。 


 求めていた手がかりは、やはりどこにも見つからなかった。

 俺は深く息を吐いた。


「……駄目だな。そろそろ限界か」


 本を閉じ、頭を抱えた。目も乾いて、思考はもう働かず、文字の列もうまく追えない。


 ――現地にもう行ってしまおうか。

 ふと、そんな考えが頭をよぎった。文字の海に溺れるより、実際に足を運んだほうが、なにか掴めるかもしれない。


 そのとき、肩をトントンとつっつかれた。


『ねえ、私はもう少し、調べたいことがあるの』


 透き通るような声とともに、ルミエラが話し掛けてくる。


『宝探しとは別件だけど……今日一日だけ、図書館で別行動でもいい?』


 俺は少し目を細めて、ルミエラの表情を見つめた。

 楽しく読書したい、という風ではない。何か目的があるのだろう。しかし、触れて欲しくなさそうだった。

 プライベートも大切だ。止める理由も、聞く理由もない。


『本を探すのなら、手伝おうか?』


『……ううん。大丈夫よ』


 一応、手伝いの提案をしたが断られた。


『……わかった。じゃあ俺は引き続き遺跡について調べとく。館内の南の端にソファーの休憩スペースがあったろ? あそこで合流しよう』


『分かったわ』


 にこっと笑った彼女は、次の瞬間、ふっと視界から消えた。


 さて、と。

 俺は小さく背伸びをして、気だるい足取りで休憩スペースへと向かった。



 

――――――――――――――――――――――



 

 休憩スペースにはソファーがあった。図書館の片隅、窓からの陽がやわらかく差し込む一角。重厚な木製の椅子ではなく、布張りの低いソファーが数脚並べられている、静かな休憩の場。


 どさり、と半ば崩れるように腰を下ろす。背もたれに体を預け、天井をぼんやりと見上げた。視界の隅には、高く積まれた書架が広がっている。 


 今は本をあまり見たくないな。 

 これまで調べた本の多さに、思わず溜息を吐いた。

  

 重厚な木製のソファに沈み込み、俺はぐったりとした。休憩スペースでひとまず休憩だ。静かで、空気も柔らかくて落ち着く。

 長時間にわたる調べ物に、集中力はとうに尽きているし、再開出来るかなぁ。


 膝の上には、紅砂の古代都市イシュ・カルシナの地上部分の調査について書かれた分厚い本。視線だけをぼんやりと漂わせていると、向こうの本棚の前に、ひとりの少女の姿が目に入った。


 小柄な体格。薄緑の髪が揺れている。髪の隙間からのぞく尖った耳。――エルフだ。いや、混血か。ハーフエルフ。


 珍しい。皆大好きエルフさんは、こんな街にはまず現れない。数が少ない上に、大抵は森の奥にこもっているのが相場だ。


 その少女がこちらの視線に気づいたのか、ぱちりと瞬きをすると、ためらいなく近寄ってきた。


「ねぇ、それぇ、遺跡の本でしょぉ?」


 突然、声をかけられた。


「……ああ。まあ、ちょっとな」


 不意を突かれた格好でそう答えると、少女は俺の持つ本をじっと見つめ、さらに一歩、間合いを詰めてきた。そして、じろじろと俺の姿を眺めてくる。


「ふーん……仮面に黒ローブって、見た目、あやしすぎじゃなぁぃ?」


「気に入ってるんだ」


「へぇ〜? イヴ、最初に見たとき『うわ、なんか変な人いる〜!』って思っちゃったもん。そーとー変な趣味!」


 遠慮のない言い方だが、悪意は感じない。むしろ、ただの好奇心といった様子だった。


「でもさー、古代都市の遺跡――紅砂の古代都市イシュ・カルシナのこと調べてるってことはさー、もしかして行っちゃう系? 実地に?」


「……ああ」


 そう言うと、少女の目がぱっと輝いた。


「さっすがぁ、有名人は話題に事欠かないじゃーん!」


「……有名人か。お前は俺のことを知っているのか?」


「知らない馬鹿なんていないでしょぉ。この街で、そんなヤバイ奴感まるだしの怪しい格好をしている人間、きみ以外そうそう、いやしないしぃ」


「ヤバイ奴、は余計だ。それで、お前の名前はイヴでいいのか?」


「ごめんごめんっ。ああ、名前は合ってるよ、イヴで。イヴちゃんって呼んでいいよぉ。それでさ、イヴ、遺跡のことならちょ〜っと詳しいんだよねぇ。……あ、いや、ちょっとどころじゃないかも〜?」


 得意げに胸を張るその姿は、年齢に似合わず堂々としていて、どこか微笑ましい。


「王都のエリートな学園で考古学をおべんきょーして、主席で卒業した超、超天才。今は、考古学者、兼、遺跡探索に同行とかやってる感じ〜」


「……なるほど。じゃあ、俺よりはよほど詳しいだろうな」


 素直にそう言うと、彼女はますます得意そうに笑った。


「でしょでしょぉ? イヴみたいなー、天才がここにいるなんて、凄く運がいいことだよ。なんでも聞いてみちゃいなよぉ? この、天才美少女がぁ、答えてあ〜げるっ」


「……お、おう」


 自分で天才美少女っていうのか、凄い。こんな奴を見るのは初めてだ。


「ほらほら〜、こーんなチャンス滅多にないってぇ! もっと感謝してもい〜んだよぉ?」


「……」  


 なんだかんだ手助けしようとしてくれてるし、この少女は意外と優しいのか? 自信家って感じだが。


「わかんな〜いことが恥ずかしいのかもだけどぉ? イヴみたいに頭良い子ばっかじゃなぃから、しょーがないよねぇ? だからさ、安心して?」


「はあ、それは安心していいのか?」


 「当然っ」そう言って得意満面に笑ったあと、彼女は俺の顔を見つめる。


「ところでさ〜……その声、思ったより若いじゃん? ってことはさぁ、イヴより年下だったり〜? ふふ、弟みたいでかわい〜じゃん?」


 勝手に年下認定された。どうやらこの手の子どもは、相手が黙っているとどんどん調子に乗るタイプらしい。


「ん〜じゃあさ〜、ちょっとお姉さんにお話してみよっかぁ?」


 そう言いながら、椅子の背にもたれて腕を組み、ふんぞり返る。……何その自信満々なポーズ。誰がお姉さんだよ。


「年齢はいくつなんだ?」


「25歳〜♪」


 声が出なかった。思ってた年齢より、ずいぶん上だ。14、15ぐらい、10代半ばぐらいにしか見えない、あどけなさがある。が、ハーフエルフだし、そういうものなのか。


 俺が分からないところを尋ねると、怒涛の勢いでしゃべり始めた。どうやら、知識を披露できる相手が見つかったのが嬉しいらしい。俺は黙って聞いていた。


 頭が悪そうな喋り方をするので、九割ぐらい信じていなかったが、本物かもしれない。

 天才は変な人が多いというし、些か信じる気になってきた。


 一通り語り終えたあと、イヴはちらりと俺の顔を見る。


「ねぇねぇ〜……よかったらさぁ、その紅砂の古代都市イシュ・カルシナ? 一緒に行こっか〜? イヴも一度現地調査してみたかったんだよねぇ。悪くないでしょぉ、きみ一人じゃ、絶対迷うわよぉ?」


「……なかなかひどい評価だな」


「イヴがいた方が、ぜーったい良いのは事実だしぃ」


「……で、狙いは? それだけじゃないだろ? 危険な場所だ。人助けで簡単に行くような場所でもない。本当の目的は……?」


「ふっふ〜ん♪ 今まで誰もちゃんと調査できてない古代都市、それを若くして攻略した天才ハーフエルフ美少女。つまり、イヴっ! どぉ? 超カッコい〜でしょぉ? やっぱり、イヴクラスの天才はさ、凡人とは違うってとこ見せなきゃなって思うのよねぇ?」


 にしし、と笑うその表情は、どこか無邪気で、小生意気な小悪魔のようだった。


 ちょっと腹立ってくるな。

 と、思ったが、考え直した。

 ……ああ、なるほど。

 この子、いわゆる「メスガキ」ってやつか。

 高学歴ハーフエルフ考古学者メスガキ。そして、本人いわくお姉さん。


 つまり、『高学歴ハーフエルフ考古学者お姉さんメスガキ!』


 驚いたな……。なんだこれは。

 要素が多すぎて、脳がバグりそうになる。……また濃い人間に――いや、ハーフエルフに出会ってしまったらしい。


 でも、メスガキ、そう思うと苛立ちよりも、物珍しさの方に気持ちが傾いてくる。


 だが……遺跡調査は素人には難しい。ルミエラと無理矢理、ぶっ壊しまくって攻略を考えていたが、少し味気ない。正攻法である程度、楽しむのなら、専門の知識を持つ誰かの力を借りる必要は感じていた。


 なら――ちょうどいいのかもしれない、か?


 でも、この子。天才とか言ってるけど、あんまり強くない気が……。多分、グレッグさんよりは強そうなんだけど。Aランク冒険者の筋肉ブラザーズよりかは、大分劣る気がする。

 いや、待て。グレッグさんはベテラン冒険者だ。それにAランク冒険者って世間ではかなり凄かった筈だし。

 なら、こんなものなのかなぁ。




 


  

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