第百話 図書館






 街は商人の声が響き、戦場へと向かっているらしい沢山の荷馬車のきしむ音、鉄靴を鳴らす衛兵の巡回。すべてこの街が都会だと感じられた。


 だが、今の俺達にとってそれらはただの背景にすぎない。目指すはひとつ——『エリュディア大図書館』

 王国にある図書館で、三番目に大きいらしい。いい情報が期待出来そうだ。


 やがて、通りの終点に巨大な建築物が見えてきた。

 巨大なドームを備えた荘厳な建物。

 その外観はまるで大聖堂のようだった。白大理石の柱が並び、天頂部には魔力の障壁のような半透明の天蓋。石壁には歴代の学者や賢者の彫像が刻まれ、知識と魔法の融合を象徴する紋章が掲げられていた。

 

 学者ならどの街の図書館でも入れるらしい。しかし、普通の一般人が入るには、この街の市民としての許可証が要るみたいだ……。貧乏な村人とかは入れないようにしているのだろう。

 俺には幸運にも、その代わりとなる物がある。出張所で、渡された“高位承認章”があれば、公共施設は融通してくれるとか言っていたので、多分いけるだろう。


『私が封印される前の時代は紙の本といえば、高価な物だったわ。図書館も本を盗まれる可能性が高いから、貴族……あとは裕福な商人のみ入れたみたいよ』


 ルミエラはエリュディア大図書館を見た後、通りの左右にある店を見て、驚いた顔を浮かべながら話し掛けてきた。

 左右の店は、本屋だった。山積みにされた本が飾られている。

 目を凝らすと、魔法理論の入門書、薬草図鑑、詩集と種類は様々だった。

 中世ヨーロッパレベルの文明……と言いつつ、魔法という特殊な要素があるので、進んでいるところも沢山ある。


『たしか紙を大量生産出来る魔導具が100年前に作られて普及が進んだらしいな』

 

 紙もその内の一つだった、多分、前世の文明としてのレベルよりも早い段階で技術の革新が起きている。

 

『街のあちこちの店で普通に紙の本が売られているのには正直、脱帽したわ』


『そういうものなのか……?あるなー、ぐらいで特に意識したことはなかったな』


 本があるというのは俺にとって別に特別なことでもなかったので、感動とかは何もなかった。

 今、考えてみると、俺はこの世界について、あまり知らないのかもしれない。もちろん、暮らしていく上で必要な程度の知識はある。だが、今世では学校――この世界風に言うなら学園には行っていないので、例えば歴史とかについては学ぶ機会が無かった。

 むかし、一応、適当に歴史が纏められている本を買って、パラパラと読んだが、試験がある訳でもないので、真面目に覚えることもなく、適当に読んだだけだった。今となってはほとんど忘れてしまった。

 

 図書館の敷地に入ると、ローブ姿の研究者っぽい人や、中には羽根ペンを耳に挟んだまま、急ぎ足で書庫に向かう職員とすれ違った。


 入館口の前には、すでに行列ができていた。

 入場料の支払いと所持品の簡易鑑定。

 受付の職員たちが無言で、検査している姿は、もはや空港の検問のようだった。

 俺はあの高位承認章のおかげで、入館料は無料となった。

 

 昨日の夜、食べ物屋のハシゴをしたことで、お金が減った。どうにも俺達の、金遣いが荒くなっている気がするな……。

 あれほど、とんでもない額があったのに、魔族討伐で稼いだ報酬がみるみる減っていく様は、俺をなんとも言えない気持ちにさせた。

 お金って稼ぐのは大変だけど、無くなるのはあっという間だな。今回は稼ぐのは大変じゃなかったけど、アレもコレも欲しいと思うままに、たくさん買い物してしまった。ちょっと反省。


 それはともかく、この図書館には俺たちが求める情報があるはずだ。

 期待を胸に、俺達はエリュディア大図書館の中に入った。

 

 廊下の床は冷たい大理石に似た白灰色の石で敷き詰められており、そこに深紅と金糸で織られた重厚な絨毯が、まるで儀式の導線のようにまっすぐ敷かれていた。絨毯には幾何文様が織り込まれており、足で踏みしめるたびに高そうという感覚を感じさせる。


 天井は高く、漆黒の梁が幾重にも走り、その間を滑るように走る銀の線がカッコよく、なんかいい感じだった。

 

 かすかに頁がめくられる音が沢山、俺の耳に聞こえてくる。図書館に沢山の人間がいて、誰かが本を読んでいるのだ。

 そして、利用者の目つきが鋭い感じがした。どこか鬼気迫るものを感じたが、ちょっとのぞき見してみると……納得した。

 どうやら、魔族や魔法の知識について情報を集めている国の人達のようだ。この図書館が利用客が多いのも、知識を力に変えようと考える人がいるからだろうか。


 俺は図書館の本棚を見た。一冊、手にとって開いてみる。

 残念ながら、俺には感想も何も無かった。駄目な本、という訳ではない。俺の知識が追いつかず、全く分からなかったのだ。


 本は、魔力を使った技術についての内容だった。本人の資質の域にある属性の魔法。俺の光魔法とかは感覚で自然と使えたりするが、魔導具や遺物、それから魔力を使った結界とかは、しっかり勉強しないと分からないように出来ている。

 誰にでも出来るように落とし込められた魔法技術は、その代わりに奥が深いらしい。

 今でも、勢いのままに放出しまくってる俺には無理だ。いや、身体強化はいけるけど、それは初歩だしなぁ。

 数字やら文字やらの羅列な上に、専門用語、それらを短くまとめた造語?っぽいものが連発されていて、その意味を理解することは出来なかった。

 読んでいるのに頭に入ってこない。前の段落を三回読み直しても、まだ“何が書いてあるのか分からない”という地獄だ。


 諦めて、俺は本を戻した。だが、ルミエラには分かるらしい。俺の横で、ふむふむと、理解してる気な感じだった。

 

 膨大な書物が整然と、しかし圧倒的な密度で並ぶ本棚群。ひとつひとつの棚は人の背丈をゆうに越え、しかもそれが三層構造になっている。それが延々と続いている。

 途中に置かれている案内板の文字を頼りに、俺達は本棚の迷路を縫うように歩いていく。図書館特有の空気――乾いた紙とインクの香り、が不思議と息苦しくはなかった。


 そして――冒険譚……宝探し……伝説の場所を探索して、それっぽい本が集まっているところを見つけた。

 

『よし、探すか。手当たり次第に関係している物を読んでいこう』


『分かったわ』


 俺は一冊目の本を開いた。




  

―――――――――――――――――――――――――― 


 

 


 紅砂の古代都市イシュ・カルシナの地上部は、ほとんどが風化と崩落によって朽ち果てた廃墟であるらしい。塔の基部や外壁の一部が残るのみで、まるで風に削り取られたかのような姿をしているんだとか。


 だが、その一角。古代の天文観測塔の根元から、地面へと続く階段が発見された――。

 学者の調査によれば、都市をその地下に抱えていたという。地上は囮であり、真に重要な施設はすべて地下にあったという説もあるようだ。


 それで、地下探索に出た冒険家や冒険者が軒並み、行方不明になったらしい。

 

 三時間が経った。

 俺は、この時間で大雑把な情報を除くと……はい……ほぼ何の成果も得られませんでした……。


 何の成果も!! 得られませんでした!! と叫んで、泣きたい気分になった。

 

 しんどい。文化についての推測とかしかない、入った人間は生きて帰れないみたいだから、そんなもんかもしれないが。


『……ルミエラ……そっちはどうだ?』


『お腹が空いたわ』

 

『図書館の中で食べ物は食べちゃ駄目だぞ……』


 ルミエラがお腹を空かせているし、もう長くは居られないかもしれないが俺はめげない。

 ロマンを探してここまで来たんだ。徳川埋蔵金探しの特番を予約して何度も見てきた俺が、ここで挫けてどうする。 


 ――そして、ついに、それらしい記述が出てきた。


紅砂の古代都市イシュ・カルシナにおける調査報告書(要約)』という本だ。


 軽くページをめくると、どうやら筆者は元兵士で、退役後に“遺跡巡り”にハマったらしい。語り口が完全に冒険譚で、学術的な厳密さはあまりないが、やたらテンションが高い。

  

 そこには、こう書かれていた。

『場所は分かってるし、行ってみた。入って三分、内部に罠構造ありと判断し、探索は中止。

 >以後、再調査の目処は立たず。

 >調査責任者コメント:「こわかった」』


「三分……カップラーメンが出来る時間で帰還してる……だと!?」


 思わず声が出た。

 その瞬間、図書館中の視線が俺に集中する。


「こほん、失礼」


 恥ずかしくなったので、咳払いをした。 

 俺は口を押さえる。笑ってしまいそうになるのを必死に堪えた。


 だって、前にも俺と同じことを考えた誰かがいたんだ。場所が分かっているなら、いけるくない?と。

 そして、目を輝かせて遺跡に突っ込み、怖くなって帰還した。


 挙げ句の果てに「こわかった」が感想って、小学生でも、もう少し書けそうだ。公式報告書に書かれてるって、どんなオチなんだろう。


『これは……貴重な資料だな……』


『まあ、ある意味、参考にはなったわね。結果が“何も得られなかった”ってことだけ』


 いつのまにか戻ってきていたルミエラが、本を呆れた目で見ている。

 俺達はその報告書をしばらく無言で眺めた。

 期待しただけに、“ガッカリ感”がリアルに刺さる。


 落胆と苦笑いの間でゆれる感情を抑えつつ、俺達は再び図書館の中を歩き出した。


 窓辺に目を向けると、外はすっかり夕暮れだった。高いアーチ窓から差し込む赤い光が、壁に並ぶ古い書棚を朱に染めている。磨き上げられた大理石の柱にも、ゆらゆらと紅い影が揺れていた。

 

 中年の商人風の男が、革の鞄を肩にかけて本棚の合間を通り過ぎる。ふと目が合うと、軽く会釈してそのまま扉の方へと去っていく。


 女の学者っぽい人も、閉じた本に手を添えてから、静かに立ち上がると、足音も立てずに通路を歩いていった。


 まるで潮が引いていくかのように、人の気配が徐々に消えていった。

 そろそろ図書館を出て、ご飯を食べに行くべきだが……せっかく入場料のいる図書館に無料で入れたんだから、もう少し調べてみようと思った。


 たとえ結果が空振りでも。学者とかでもない俺達が個人のレベルで調べる範囲では、宝として大きすぎたのかもしれない。



 

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