第二十六話 時には、我慢も必要
ヤられるぐらいなら、ヤった方がいい的なことを言ったが、何事にも例外がある。
――時には我慢も必要である、ということだ。
パッと思いつくのは、“自分よりも強くどうしても勝てない場合”とか、“その場では勝てたとしても後々面倒なことになる相手の場合”の二つである。――もちろん前者は、魔王。後者は、貴族だ。
もちろん命に関わるような場合なら仕方ないが、ムカツクからと全てに噛みついていても、先はない。
あとは……上の二つ以外にあるとすれば、見逃すことで、こちらに大きなメリットとなる場合である。
そう、例えば――“世界を代わりに救ってくれるとか”。
――真主人公君のように。
真主人公君の時は報復するか悩んだものだ。
あいつが狙って、俺の餓死を企んだのかは知らない。
――知らない、が、俺は普通にあいつが嫌いなので、どうしても悪い様に考えてしまう。
まぁ、それが無かったとしても、仲良くなれそうになかったけど。
実際、『ユーレン』で絡んできた時には何度も殴りそうになった事が、両手で数えられないぐらいある。
――それでも頑張って思い留まったのだ。
あいつをシバいたなら、一時はスカッとして、いい気分になるだろう。ただ……それであいつの心が折れでもしたら、世界を救うために魔王を倒すとかいう苦行をする役割が俺へと戻る。
餓死という過去に死の危険を乗り越えたというのに……その恨みを晴らす為に未来で何度も死にかけることになるのは、さすがに割に合わない。
悩んだ末に、当時はそう判断した。
それに――餓死を除くと、それ以降、真主人公君から我慢し切れないような被害を受けていなかったというのもある。
そう、絡んできてウザイのと、本来仲間になる筈だった人間の女性キャラをとられたぐらいだ。
ウザイのは、耐えれる。
そして、女性キャラは正直どうでもいい。
――『ヒロイン』をとられた。
字面だけだと寝取られたみたいで、酷いことをされた様に見えるが、俺はこの漫画のヒロインにそんな興味もないので、まったくといってダメージが無い。
正直、顔と名前ぐらいしか知らないアナウンサーが、結婚したとニュースで知ったぐらいの衝撃だ。
ふーん、そっかで終わる。
――そもそも、真主人公君が魔王を倒すのなら、仲間も彼の物だと解釈しているので、何も問題ない。ヒロイン達も自分の意志でついて行ったんだし、個人の自由だ。
さて――そんな訳で、このカツアゲ犯は強くもなければ、貴族でもなく、見逃せば、俺の代わりに世界を救ってくれるというようなメリットも無い。倒さない理由が無い奴等である。
「ゆるじで、ぐれ……」
逃げられないように骨を折り、もうこんなことはやめようね、と言えば、彼等も必死に頷いたので、念の為に、もう一回ずつ蹴っておく。
グエッ、とカエルの潰れたような声を出すカツアゲ犯達。ちっとも可哀想に思えないのだが。
ただやっぱり殺しはしない……。
仇敵! とかいうならまだ分かるが、そんな普段から殺しまくりたい訳がないのだ。
初めは、倫理観ってのが理由だったが、人を殺さない理由は、他にも思いついた。
――前世で人を殺したら地獄に落ちるなんて言葉があったが、実際に異世界があったのだから、地獄があってもおかしくないだとか、そんな感じで、殺しは自分の為にもならないなって。
まぁ、何にしろ生かす、殺すは勝者の特権。俺の選択の自由ってやつだ。
俺が弱かったら逆だった。この結果になったのは、単に俺の暴力が上回ったから。
魔族が人間より強いからこうして追い詰めらているように、悲しいことに、異世界では暴力が全てなのだ。
――――――――――――――――――――
――たすけてくれ……
――俺の腕がぁ……
――命だけは勘弁してくれぇ……
「はいはい、命は取らないから抵抗すんな」
ブツブツうるさいカツアゲ犯達を蹴って転がし、森から、馬車も通る人の手行き届いている道へと戻し。道の隅に寄せておく。ついでに、リーダーのスキンヘッドの男の顔に、盗賊モドキ、とデッカく書いた布を被せておく。
これで彼等の命運は、魔物に襲われて命を落とすか、人が通って上手く救出されるかのどちらかになった訳だ。
まぁ……普通に見捨てられる可能性が大だが……。
可能性があるとしたら、兵士とか商人とか、かな。一般の人は、基本スルーするだろうし。
見回りでもしている兵士に見つかったのなら、連れて行かれて牢屋に放り込むってのもありそう。
もしかしたら、その場で始末されるかもしれないが……。
兵士が今も、見回りしているかは知らない。
街の防衛にまわされていそうでもあるし、逆に、危険だからこそ、普段よりも見回りをしていそうでもある。そこのところは、ただの一般人である俺には知り得ないので、不明だ。
商人の場合は……犯罪奴隷にでもされて、お金に替えるとかが考えられる。骨折れてるし、大したお金になるかは怪しいところだが……奴隷なんて買ったことはないので、相場も何も分からないので、それも何ともいえない。
もっとも……そもそも人が通らなかったら、食べ物も水もなく、詰むだけだな、とも思いつつ、この場を立ち去ろうとして――――、
――音がした。
馬車のものだと思わしき、荷車の車輪の音。馬の蹄と、息遣いのような声も共に聞こえる。
……誰か来たのか。
「運がいいな……でも俺に出会ってるし、どうなんだろ?」
――何はともあれ、この場からとっとと去る。
もちろん、馬車とすれ違う訳にも行かないので、道を外れて森の中を進む。
そして木を避けながら、森進んでいく中、ふと――異世界転生し、前世の時よりも遥かに優れている聴力が、後方の声を拾い、その内容につい足を止めてしまった。
――おぉ……!! まさか、こんな所に生け贄が転がっているなんて!! 私達はなんと幸運なのでしょう!!
――ガウディウム教万歳!!
――だ、誰か助けてくれぇぇぇぇ!!! 牢獄に送られる方が遥かにマシだ! こんなヤバい奴等に捕まりたくねぇよぉ!!
――離せ!! 俺に近付くな!! やめてくれぇぇー!!
…………。
…………まさか一発目で救出されるとは。
でも、救助した相手が……あの変な宗教団体かぁ。
運がいいのか悪いのか分からないな。
――いや、しかし、魔族の生贄にする時に、倒した俺の情報を喋る可能性がある様な……。
……まぁ大丈夫か。光魔法も使ってないし。
原作でも、下等種族とナチュラルに人間を見下している化け物なんだし、騎士とかならともかく、あんな弱い盗賊ですらないカツアゲ犯が言ったところで、鼻で笑って終わりだな。
そう納得し、見てみぬ振りを決め込んで、俺は再び歩みを進めた。
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