幻のメジャーデビュー伝説

Mai-kou

幻のメジャーデビュー伝説

大学四年の秋、ある日突然スカウトされ、インディーズロック界隈ではそこそこ名の知れた某音楽グループに加入することになった。


きっかけは、趣味で書いていたブログが偶々バズったことだった。

80年代のジャパニーズパンクミュージックに傾倒している自分は、ある時とあるパンク音楽映画に感銘を受け、その感想文をブログに書き殴ったのだった。それが80年代リアルタイム世代を中心にネット上で拡散されたことで、一時的に自分の名前が広まってしまったわけである。


そのブログはSNSの海を渡り、面識の無かったグループのメンバー達にも届いた。彼らから直々のオファーを受け、ブログがバズったことに浮き足立っていた自分は、すぐさまグループへの加入を承諾する。

しかも、自分が加入した約1ヶ月後には、そのグループは誰もが知っているような大手レコード会社からメジャーデビューが決まっていた。

自分とて、一度は音楽で飯を食っていきたいと願ったことのある人間だ(元より生粋のバンドマンである)。突然のメジャーデビューという出来事に心が躍ったのは本心だ。


自分の加入は、メジャーどころの音楽ニュースサイトでも取り上げられ、SNSのフォロワーも一気に数百人増えた。

例のブログを執筆してから1ヶ月経たないうちでの目まぐるしい出来事に、私はいよいよ、自分にもスターになれるチャンスが巡ってきた……!と完全に浮かれていた。


そのグループの楽曲はとびきりポップで、曲によってはアイドルさながらの振り付けがあったりして、それまでステージではとことん格好つけて仏頂面していた自分にとっては、全くの新しい境地だった。正直、それまでの自分を知る人に見られることには若干の抵抗があったが、それより何より人気者になった(という錯覚だった可能性はある)という感情が勝り、多少の羞恥心は我慢できたのかもしれない。


最初は楽しくやれていたので良かった。しかし加入して数週間経った頃から、グループ内に不穏な空気が流れ始める。いわゆる人間関係の不和というやつだ。


それがエスカレートして、ある日グループは他メンバーを中心にSNSで炎上することになる(またまた炎上しては困るので、ここでは内容は割愛する)。

まあでも今考えてみればバンドあるあるみたいなもので、やってりゃそういうこともあるよな、という、つまり内輪揉めな内容だったのだが、元からのバンドメンバーの知名度ゆえにSNSで一気に知れ渡り、そこにネットの特性ゆえおかしな尾ひれが付いたりして、話が拗れに拗れまくってしまったわけだ。


メジャーデビューからたった1週間後の出来事だった。


今だからはっきり言おう。私は何もしていない。他メンバーの揉め事に巻き込まれただけだ。しかしその炎上した当該ツイートに私の名前が関連付けて書かれていたことから名前が広まってしまったのだ。

何も悪いことをしていない私は、まるで何か悪いことをしたかのように、Twitterにも勿論5ちゃんねるにも、有る事無い事…いや、無い事無い事書かれまくる羽目となる。

私からしてみれば、人生を賭けるくらいの覚悟で勢い勇んで大きな船に乗り込んだ次の瞬間、いきなり荒波の大海へ突き落とされたようなものだ。もう何が何だか訳がわからなかった。


グループが炎上すると、加入時の比にならないほど私のフォロワーは爆増した。なるほど、これが噂の炎上商法か、と妙に冷静に腑落ちした。


そうして炎上ばかりが話題となり、グループがメジャーデビューしたことなど、最早誰もが忘れ去っていた。

あれだけ浮き足立っていた自分って一体……

私は突然消えたくなった。

メジャーデビューという響きに浮かれて、会う人会う人にワクワクと報告し、ハッピーオーラを振り撒いていた自分を、ステージ上で両手でハートマークを作って踊っていた自分を、すべての人の記憶から消したくなった。いまや私を「メジャーデビューを果たしたメジャーアーティスト」と認識する人はいない。誰もが私を「グループに入って即、なんか燃えた人」と認識しているに違いない。


それから少しして、グループは空中分解した。私のメジャーデビューというキャリアは、一瞬で無かったこととなった。

いや、あるにはあったのだが、あまりにも儚過ぎたのだ…。


それからというもの、どこのライブハウスに行っても、初対面の相手だろうが数年ぶりの再会を果たした相手だろうが関係なく、私はこう呼ばれ毎度顔が真っ赤になるほど赤面することとなる。


「あ、なんか燃えてた人だ(笑)」


教えて欲しい。私が何か悪いことをしただろうか………。


しかし、数年経った今となってはあれも良い経験だったなと思える。

何よりメンタルが強くなった。理不尽なことが起きても、まあ仕方ないですねで片付けられるようになった。ちょっとやそっとじゃへこたれなくなった。

そして炎上時に増えたフォロワーの多くは、その後私の人となりを知ってくれ、結果的に応援者となってくれたのだ。

アーティストとしても活動している私は昨年、個人的に展示を開催したが、その際もあの炎上騒ぎで私のシンパとなってくれた多くの人が駆けつけてくれた。

彼らとは、あの不遇な出来事を乗り越え、心通じ合った同志のような感覚である。


正直あのグループに在籍していたわずか2、3ヶ月の時間は、私の黒歴史かもしれない(というか、面と向かって、あれは君の黒歴史だよね、などと言われたりすることもしばしば)。

が、しかし、強靭なメンタルと大切な仲間を得ることができたのは、どれもこれも、あのグループに所属したからこその恩恵だ。

本当なら無かったことにしたい恥ずかしい黒歴史にも、今ならありがとうと言える。


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幻のメジャーデビュー伝説 Mai-kou @maikou94

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