第25頁 前野先生
話した内容自体は、大した物ではない。一緒にいたちーちゃんが、Kの気持ちが分かるとか、可哀想だと言い、今度は私が、Kは自業自得だっただの、先生の肩を持つだの……そんな事を言い合っていたのだ。何か一つの答えに辿り着こうという議論ではない。お互い、思い付きを話しているだけのつもりだった。
私が……つい、夢中になってしまって、ちーちゃんからしたら、本当に小さな、どっちだっていいような事を長々と話してしまったのだと思う。
結局私は、自分の何が良くなかったのか、きちんと理解出来ていないから、本の話をしようとすると、いつも相手を不快にしてしまう。直したいと思っても、どうすればいいのか分からない。だから、ずっとこういった話を他人にするのは避けてきた。けれど、最近は松野くんと好きな物や何を思うかを頻繁に話すようになっていたから、ちーちゃんにも同じペースで、話を聞いてもらおうと押し付けてしまった。
私の熱量の扱いに困ったちーちゃんが「意味のない議論はやめよう」と言った時、私は咄嗟に受け答えが出来ず、妙な沈黙が流れてしまった。
私がちーちゃんの意見にひどく食い下がった事も、空気を微妙にしてしまった事も、2人は何一つ咎めずにいてくれた。ちーちゃんの言葉を思い出すとちょっと凹むけれど、私は昔からどうでもいい事に拘り過ぎる所があるから、今回もその悪癖が出てしまった、それだけの話なのだ。
それだけなのだけれど……。どんなに、悪いのは私で、友達の反応は普通だったと分かっていても、ひどく寂しいと思ってしまう。
そして、こんな私の話を最後まで聞いてくれる彼は、特別で、嬉しくて、大好きだって思ってしまうのだ。
優しくて……本当に優しくて良い人だと言いたくなるのだ。
◇ ◇
「
テスト最終日、全ての科目を終えて、昇降口へ向かう生徒達に混ざっていた。と言っても、俺と友人の谷が目指すのは、昇降口ではなく食堂だ。
開放感からか、賑やかな廊下に自分の名前が響いて振り返れば、現代国語の教科担任の前センがこちらへ向かって片手を挙げている。
「前センじゃん」
「前野先生な。せめて本人の前では自重しろよ」
「陰でなら良いんだ」
「俺も学生の頃は、先生に渾名を付けてたからなー。人の事は言えない。でも、失礼である事に変わりはないんだからな。ガンガン指導に入るぞ」
「お手柔らかに頼みます」
「そうは言うけど、先生は渾名で呼ばれても返事しちゃうから、定着し易いんじゃん」
「んー……」
谷に痛い所を突かれたのか、前センが口を歪めて言い淀む。こういう時に「とにかく言う事を聞け!」って怒らない所が、俺は好きだ。
教員の中でもまだ若い方で(今年30になるって言ってた)、気さくで穏やかな先生だから、多分生徒達からも好かれている。4組の副担任らしいけど、授業以外で先生に会う事は殆ど無い。そんな先生は、この学校で唯一、俺達三つ子を間違えない教師でもある。
「それで、前センどうしたの? 俺に用があったんじゃないの?」
「ああ、そうだ。用事って程じゃないんだけど、見掛けたんで、ついね。智翠、今回のテスト頑張ったなぁ!」
「え!? ……ま、マジで?」
「おお、マジマジ」
これまで人生で、テスト頑張ったねなんて言われた事は、ほぼ無い。だから、本当に驚いた。自分でも目を大きく見開いているのが分かるくらいだ。
そんな俺の反応が面白かったようで、前センが「ふふっ」と吹き出して、破顔した。
「テストの採点してたらさ、お前今までで一番点数取れてるんじゃない?」
「えぇ!? 前セン、まだ点数の事とか言っちゃ駄目なんじゃなかったの!? 他の先生達にどやされるよ!?」
「堅い事言うなよー。谷は真面目だな」
「てか……え! 先生マジで? マジでそんなに点数いいの!?」
「うん。お前に現国教えて2年目だけど、去年と比べて本当に良い」
「いえーい! 宿題免除!」
「それは約束した覚えがない」
突然真顔になった前センにピシャリと否定された。
「ゔ……冗談通じないなぁ、先生」
「智翠はなぁ……ちゃんと否定しないと本当に宿題やって来なさそうだから」
渋い顔で顎をさする前センに媚を売るようにヘラッと笑ってみせる。隣の谷は、俺が先生に褒められるくらいの点数を取ったという事が信じられないらしく、口を半開きにして、俺と前センを交互に見ている。そんなに分かりやすく驚くなんて、失礼だと思うが、大人な俺は流してあげるのだ。
「あとは、課題さえちゃんとやってくれりゃあ、文句無いんだがなぁ……」
「それは無理な相談ですなぁ……」
「お前……。本当に、課題を出さないなら、成績やれないよ?」
「ねぇ、智翠! 急にどうしたんだよ! あ、
「はぁ?」
急に会話に入ってきた谷が茜祢の名前を出すものだから、思わず小馬鹿にしたような言い方をしてしまった。
茜祢に勉強を見てもらったなんて、事実無根だが、「それしか無い!」と確信している谷の気持ちも分からなくはない。それくらい、俺が勉強の方はからっきし駄目だというのは、周知の事実なのである。
「智翠は元々、現国は平均点は取れてたけどね。でも、今回は本当に良く出来てたよ。茜祢がついてるなら、他の教科も楽しみだな」
「いやいや2人とも。茜祢が俺の勉強に付き合うはずがない」
「そうか? 智翠ん家は、皆仲良いだろう」
「悪くもないけど、良くもないよ。それに茜祢だし」
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