文豪たちに倣いませう
青柳花音
第1章
第1頁 恥ずかしい勘違い
高校生になったら、皆自然と恋をして、誰かに好意を寄せられて。
まるで必然だったのだと言うように、静かに思いが通じ合って、じたばたせずとも彼氏は出来るものだ。
高校に入るまで、私は本気でそう思っていて、運命的な出会いも、劇的な展開も……ラブコメは、高校という校舎に存在するもので、今現在、例え好きな人がいなくとも、彼氏がいなくとも、ほんの少し他人より人見知りする質であっても、『本の虫だ』なんて揶揄されるような人間であったとしても、心配する必要はない。高校に行くまでは、仕方がないのだ。そう常々思っていた。高校生になれば、運命の相手に……自分の気持ちを素直に吐露しても、優しく頷いてくれる……そんな人に会えるのだ。
しかし、高校生になれば自然と彼氏が出来るなんていうのは、大きな間違いだった。そんな自分の“恥ずかしい勘違い”に私が気が付いたのは、高校に入学して、一年半という長い時間が経ってからだった。そうして、私は未だに人見知りも直らないまま、あっという間に高校3年生になっていたのだ。
3年生になってふた月が経とうとしている。高校最後の一年に突入したと言っても、私の生活に特段変化はない。いつも通りに眠い目を擦りながら登校し、眠気や気怠さと戦いながら授業を受ける日々。
私の通う
「
SHRが終わって、帰り支度の為に教室内が一気に騒がしくなる。そんな生徒の波を掻き分けるように今年初めて同じクラスになった
「ねぇ、今日の放課後って時間ある?」
「放課後? 借りてた本の貸出期限が今日までだから、それは返しに行かなきゃだけど、それだけ」
「じゃあさ、英語のワーク貸してくれない? 直しがまだ終わってないの」
「え!? それも期限、今日までだよ?」
「そうなの。もう、今からちまちまやってたら、間に合わないから、貸して欲しくて……」
「貸したいのは、山々なんだけど……朝イチで提出しちゃった……」
「ぎゃーん!!」
私の返事に希ちゃんは、両手で顔を覆って項垂れた。そして、絶望の滲む声で「終わった……」なんて呟くものだから、私は居た堪れない気持ちになって、慌てて代替え案を提案する。
「あ、でもまだ内容覚えてるし、全部は無理かもだけど、幾つかは教えられると思う!」
「本当!?」
希ちゃんは、勢いよく顔を上げると私の両手を握りしめて、何度もお礼を言った。
時間が勿体無いからと慌てて、希ちゃんの席へ移動して彼女のワークを開く。
「
「英語は嫌いなの!」
何人かのクラスメートが焦ってワークへ取り組む希ちゃんの様子を笑いながら、声援を送って教室を出ていく。
「希も香絵ちゃんも、また明日ね〜」
「また明日」
「うぃー」
顔も上げずに投げやりな返事だけ送る希ちゃんを補うように、いつもより念入りに皆を見送った。部活がある皆は、そそくさと教室を出て行って、教室内はあっという間に私と希ちゃんと、他は数人の生徒しかいなくなった。それも30分もしないうちに私達以外の全員が帰っていって、残っているのは希ちゃんと自分の2人だけだ。希ちゃんの直しは、元々、私の半分くらいの量しか無かったけれど、何せ今回は範囲が広くてページ数が多いので、苦労した。だから、時間もすぐに過ぎていき、2時間近くが経過していた。教室の前側、黒板の上に掛けられている壁掛け時計を見て、その事に気付いた私は、声を上げた。
「あ! 図書室が閉まっちゃう!」
大事な事を忘れていた。時計の針は、あと10分足らずで図書室が閉まる事を示している。私の声に釣られてワークから顔を上げた希ちゃんも教室の時計を見ていた。
「もうこんな時間なんだ……。付き合わせてごめん! 香絵はもう行きな」
「え、でもワークがまだ……」
「大丈夫! あと3問だもん。なんとかなるよ! すっごく助かった、ありがとう」
「じゃあ、取り敢えず返しに行って来る! そんでまた戻って来るから」
「ガチで? え、助かる〜!」
「とにかく! とにかく行って来るからー!」
言いながら大急ぎで自分の席へ戻って、通学鞄の中にしまっていた返却する本を引っ張り出す。バタバタと駆け足で教室を飛び出した。
「行って来るね!」
「いってらっしゃーい」
後ろから追ってくる希ちゃんの声を振り切るように走った。とにかく図書室を目指して、出来る精一杯、足を動かす。先生に見つかりませんようにと内心で祈りながら。ここで先生に捕まったら、絶対に間に合わなくなってしまう。
うちの学校は、図書の返却期限にうるさい。期日を1日でも過ぎれば、翌日の朝のHRで担任に名前を読み上げられてしまうのだ。
クラス全員の前で名前を呼ばれ、注意を受けるなんて絶対にごめんだ。ましてや、返却期限の注意。借りた物を返さない、だらしのない奴のレッテルを貼られるようなものだ。それは何としても避けたいところだった。幸い、図書室までの廊下を走っている所を先生に見つかる事はなかった。それどころか、生徒1人すれ違わない。部活の時間だからだろうか?と考えながら、足を動かす。
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