真理ちゃんの過去

 わたしね、実は中卒なの。高校には進学したんだけどね。これでも昔は優等生だったんだよ。いや、本当だって。


 中学の頃に家庭教師を頼んだ大学生がいてね、ママがバイトとしてわたしに勉強を教えるよう頼みこんだの。個人的に頼んでいるから、どこかの団体に所属するようなプロじゃなくて、素人の家庭教師だけどね。こっちからすれば格安だけど、向こうも学習塾を挟まないから、それなりにいいお小遣いにはなったと思うんだけどね。


 素人とはいえ、その人は教え方が上手かった。元々バカな方だったわたしでも理解が出来るように、分かりやすく段階に沿った手順で教えてくれるんだよね。


 ごく自然な流れというか、わたしはその先生というか、大学生の彼に惹かれていった。まあ、中学生の恋なんてそんなものでしょう?


 それでバレンタインデーに「好きです」って言ってチョコを渡したんだけど、さすがに向こうも大学生のせいか、その場では丁重にお断りされたの。


 このことはママにも話して、それで彼からの返事はこうだった。「もしわたしがもう少し大人になって、それでも俺を好きだったら付き合ってもいいよ」って。


 わたしは「あーあフられた」って思いながらも、勉強はしっかりしつつ、ことあるごとに「付き合って」って言い続けたんだよね。それがしばらく続いた。


 高校に受かって、わたしはJKになった。彼もそれを祝ってくれて……。で、JKの制服ってある意味凶器だって知っていたから、制服を着たままもう一度「付き合って下さい」って言ってみたの。そしたらOKになった。


 彼、その頃は社会人になっていたんだよね。今思えば、普通にロリコンだったんだろうね。それともわたしが彼を目覚めさせてしまったか。AKB系のアイドルが好きだったから、まあ最初からその気はあったんだと思うけど。


 どうあれ、わたし達はJKと社会人という、文字通り犯罪的な年齢の組み合わせで付き合うことになった。


 さすがに親へ交際を隠し通すのは無理だろうってなって、付き合うことになったのはママにも報告したんだよね。後から発覚して変な結果になってほしくなかったから。


 ママはどういうわけかそんなに反対しなかったんだよね。わたしは片親で、父親は顔も憶えていない。ママがわたしを産んだら、父は身勝手にもどこかへと消えたっていう恨み節をよく聞かされた。


 父親はねえ、お酒を飲んでは暴力を振るう人だったみたいで……。とにかくママの根に持ち方がすごかった。そういうのもあって、ママとしてはたとえロリコンでも比較的まともな男がわたしと付き合うことになって、単純に嬉しかったんじゃないかな。


 それで付き合っていたらわりとすぐに子供が出来て……まあ、大騒ぎだよね。


 一人だけ友だちにそのことを話したんだけど、想像以上にドン引きされたからそれ以上他の人に話すことはなくなった。ママにも相談したんだけど、予想通り絶句だったよね。今思うと、本当に申し訳ないなって。


 それで「堕ろせ」って言ってきた人はいなかったけど、実際にはそうするべきと思っていた人の方が多かったんじゃないかな。


 でも、当時のわたしは絶対に産む気でいた。どちらにしても彼とは結婚するつもりだったし、そうなる時がたまたま早く来ただけじゃないって感じ。うん、若かったよ。でも、中絶なんてしたくなかったし、この先に妊娠出来る保証なんてなかったから。


 当然のこと、周囲からは猛反対された。特に彼の両親からは反対がすごくて、JKに手を出した上に妊娠までさせた彼は文字通りにボコボコにされて、怒られまくっていた。


 そんな時にね、思わぬ事件が起きたの。


 ――ママが、事故で死んじゃったの。


 不思議なものだよね。今までずっと一緒にいたのに、死んでしまったら一瞬でお別れなんだから。歩いていたら後ろから居眠り運転のトラックで轢かれたみたいで、即死だった。


 後から分かったんだけど、ママはベビーカーを見に行っていたみたいなんだよね。あんだけ反対していたのに、すでに覚悟を決めていた。気が早いとは思ったけど、それもママらしいのかなって。


 わたしはJKなのに一人ぼっちになって、途方に暮れた。もう、何をしたらいいのかも分からなかった。


 親戚は仲が悪くて絶縁状態だったし、文字通りの天涯孤独。その事情を知った彼の両親が同情したのか、わたし達の結婚は許された。当時は16歳でも結婚出来たけど、もう法律上は18歳でないと結婚出来ないはずだから、これも時代と言えば時代なのかもね。


 わたしは16歳なのにいわゆる専業主婦というやつに収まって、子供を産んで母親にもなった。数年前までは、まさかこんな人生を歩むことになるなんて思いもしなかった。


 さすがに結婚式はしなかったんだよね。呼ばれた人もどんな顔をして出席すればいいのか分からないだろうし。向こうの親も「勝手にしろ」って感じで、どちらかと言えば諦めちゃった感じ。


 気持ちは分からないでもないけど。多分向こうの両親は息子がJKに手を出したところから気に入らない状況で、「孫が生まれる」って言われてもそれが喜びに感じられなかったみたい。


 ただ、若いって怖いよね。そういう完全アウェーな状況も、自分の人生を盛り上げるための演出にしか見えないんだから。


 彼も社会人になったばかりだったけど、最初は子供のために色々と手を尽くしてくれたのね。お金が無くて色々大変だったなあ。家賃だけで結構なお金が飛んで行くし、生活費自体がすでに三人分だもんね。


 当たり前なんだけど、子供も夜泣きとかがあるから眠れないじゃんね。夜中に起きてあやすんだけど、彼もそれでストレスが溜まるみたいで。後は仕事でも色々とあったみたい。


 それでもしばらくは節約して、なんとか家計をやりくりしてきた。だけど、それも長くは続かなかった。


 きっかけは彼のスーツをクリーニングに出す時だった。上着から蝶のマークが付いた名刺が出てきてね……レオナって書いてあった。まあ、どう見ても得意先の人じゃないよね。夫が夜遊びをしている証拠を見つけてしまった。


「これは何?」って訊いてみたら、彼は謝るどころか「仕事なんだから仕方ないだろ」って逆ギレしはじめた。


 わたしもね、仕事ならそういうお付き合いもしないといけないこともあるのかな、なんて思っていた。世間知らずだったし、何よりも子供がいるからケンカなんかしている場合じゃなかった。だからだいぶ納得はいかなかったけど、わたしもそこで矛を収めたのね。


 それからしばらくは平和だった。というか、子育てでそれどころじゃなかっただけなんだけど。


 お仕事の付き合いだって言っていたから、他にも余罪があるんじゃないかなって思ったけど、さすがに彼も同じミスをするほどバカじゃなかったから、あれ以降スーツのポケットから女の子の名刺が出てくることはなかった。


 だけど、今度は違う問題が出てきた。


 ポストに赤字で「重要」って書かれた手紙が来て、ゲゲってなった。ママが社会保険料を払えなかった時とか、住民税を滞納した時に似た感じのお手紙が来たから、なんとなく嫌な内容の手紙であることは分かったのね。


 それで手紙を開けてみて、わたしは絶句した。


 彼はあちこちから借金をしていて、返済をしていなかったから督促が来ていたんだよね。わたしも督促状を見るのって初めてじゃないから、それ自体にはそこまで驚かなかったの。


 だけど、驚いたのはその明細だよね。請求先の会社名で聞いたことのないやつばっかりが載っていたからスマホで検索してみたの。どれもことごとく夜のお店だった。それもキャバだけじゃなくて、風俗まで入っていた。


 それが決め手だったのかな。「ぷっちーん」ってキレた。色んなものが、わたしの中で。


 彼が帰って来たら、その顔に督促状を叩きつけて訊いた。「これは何?」って。彼はいくらか慌てふためいてから、「仕事なんだから仕方ないじゃないか」ってまた逆ギレしてきた。まるでそれさえ言えばどうとでもなるかのように。


 だから「仕事で風俗に行くわけないでしょ!」って怒ったら、そこをきっかけに大ゲンカ。子供は泣きまくるし、地獄みたいな光景だった。


 本当に、悔しくてね。これまでどんなにつらいことがあっても家族がいるからって、色んなことを我慢してやってきた。だけど、それも含めてわたしの全部がバカにされたみたいに感じて……ああ、ごめんね。思い出したらちょっと感情が高ぶってきちゃった。


 ……うん、大丈夫。


 それで、わたし達は話し合いの末に結局別れることになったの。親権はわたしがもらって、彼からはお金も出させた。そのお陰で生活費はいくらか賄えるようになった。


 だけどね、その後が大変でね……。


 わたしは十代なのにシングルマザーになって、子供を育てていかないといけなくなった。まあ、途方に暮れるよね。でも、病んでいるヒマなんてなかったんだよ。借金がなくたって支払いはあるし、児童手当を含めた補助金だってたかが知れている。


 わたしは託児所に子供を預けながら働かないといけなくなった。どうしてこんな若さでって思ったけど、神様に文句を言ったところでどうにかなるわけじゃない。それでも悔しい思いはあったから、匿名でネットの人生相談みたいなのに書き込んでみた。自分のセラピーも兼ねて。


 だけど、返って来た返事はセラピーとは程遠かった。大体が「そもそもそんな年で結婚をしようなんて考えるのが間違いなんですよ」とか「なんで避妊しなかったんですか?」という自己責任論ばっかり。


 あれってさあ、そりゃ正しいんだろうけど、もうその時点ではどうしようもないわけじゃない? もしそれを言うんだったら、わたしがそうしようとした時に言ってよって思うんだよね。無理だけど。


 そんな感じで誰かにつらさや大変さを告白することも出来ず、わたしは時間に融通の利く仕事を中心に職を転々としていった。この時に自分の学歴が中卒で終わったことを心から後悔したよね。今さら遅いけど。どんなバカでも、高校を出ていると出ていないでは明らかに違いがあるんだよね。わたしはそのアホみたいな壁に何度もはじき返された。


 大変だったのは求人だけじゃない。


 就業先でも色々とひどい目には遭ったよね。やっぱりバイトのせいか、ちょっと頭のおかしい人も同僚の中に混ざっていたりしたの。履歴書から住所を勝手に突き止められたり、事務所で二人きりの時に迫られたり、本当に色々あった。


 最後の職場で店長に迫られた時は会社に通報して、示談金というか賠償金というか、お金をもらって退職したのね。それをきっかけにもうちょっとまともな仕事に就こうって思って……。


 うん、長くなってごめんね。そういうわけで、色々とお仕事を探していたら、派遣でたまたまここが見つかったというだけの話なの。


 正直うまくいくかなんて分からないけど、まあ娘のためだしね。そんなにワガママも言っていられないよね。


 今回はうまくいかせたいなあ……。そろそろ、娘も小学校に入るからね。わたしがしっかりしないと、ダメだよね。

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