雑談と地雷

 研修はまだ続いている。ようやく自分の中で点と線で結ばれて、色々と分かるようにはなってきた。相変わらずオッサンを中心に脱落者は後を絶たない。まあ、見切りをつけるのであれば早いに越したことはないが。


 真理ちゃんや梨乃ちゃんとはプライベートな話もするようになってきた。食事は大体一緒にしている。クソつまらないカタギの仕事で、唯一安らぎを感じられる瞬間だ。


 食堂へ行くと、旨くも不味くもない定食セットを頼んで、壁ぎわの席に陣取る。そこが俺たちのお気に入りの場所だった。


 食事をしながら、思い思いに雑談の花を咲かせる。


 話の内容は時事的なトピックから始まり、そこを起点にして徐々にプライベートな内容まで発展していった。その流れもあり、すでに二人は俺が元ホストであることを知っている。別に隠すことでもないし、特に真理ちゃんの場合は付き合う可能性があるから、妙な隠し事はしない方がいい。


「そういえば、童夢さんはなんでホストになったんですか?」


 梨乃ちゃんが訊く。言われてみると、俺はなぜホストになったのだろう。


「さあ……。なんでだろうな。俺はアホだったし、取り柄って言ってもせいぜい顔ぐらいしかなかったからな。理由なんてそんなものじゃないか」


「あ、自分の顔がいいのは知ってたんですね」


「当たり前だ。そうでなきゃ40歳のおじホスなんて務まらんぞ」


 からかうような梨乃ちゃんに、俺は割とマジなトーンで答える。ホストは顔が良ければいいというわけではないが、基本的には顔がいい方が有利に決まっている。


 実際問題ホストは王子様みたいな奴の方が人気者になるし、若手もそのようになるために云百万もかけて整形したりメイクに勤しむ。それも含めての努力だ。問題はそこまでやるか、やらないか。俺は幸いにして整形が必要ないほどの美貌を持っていたわけではあるけど、それだって無敵というわけにはいかない。


「うーん、イケメンなのは間違いないんだけど、なんか自信満々なのが鼻につくなあ……」


 梨乃ちゃんが半笑いで言う。昔イケメンにひどい目にでも遭わされたのか。


「でも、実際に童夢さんイケメンだからしょうがなくない? わたし、もし童夢さんがいるお店に行ったら毎回童夢さんばっかり指名すると思うし」


「「んっ」」


 フォローする真理ちゃんに、俺と梨乃ちゃんはユニゾンで変な声を漏らす。食堂も一瞬で静まり返る。結構な人たちが聞き耳を立てていたようだ。


 時間差で真理ちゃんも自分の発言の意味に気が付き、みるみる顔が赤くなっていく。


「あの……ちがっ……これは、その、ね? もしお店に童夢さんがいたら、そりゃお客さんは指名するでしょうっていう……その、一般論だよ? 分かる?」


 うん、なんか言い訳としては苦しい気がするが、あまりイジめてもかわいそうなので、「そりゃどうも」とだけ返す。梨乃ちゃんも空気を読んだのか、「まあ、そりゃこの顔だったらね~」と合いの手を入れる。


 ――こりゃ、もう完全に落としているな。


 脳内で、俺の独白が響く。ボトルも入れていないし、営業メールを送ったわけでもないのに、彼女の心は俺のものになっているみたいだ。いやあ、モテる男はつらい(棒読み)。


 真理ちゃんの好意は裏が取れたので、彼女のことをちょっと知りたくなった。


「そういや真理ちゃんはどうしてコルセンで働こうなんて思ったの?」


 梨乃ちゃんがそう訊いた刹那、先ほどまではわわ顔だった真理ちゃんの顔が急に真剣な面持ちへと変わった。


「実はわたしね、子供がいるんだ」

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