田島和也◆
ああ、どうも。わざわざお忙しいのに。
大したことを知っているわけでもないので、取材をされてもどれだけ有意義な内容に出来るか怪しいんですけど。そうですか。そう言っていただけるなら気が楽です。
すいません。私は名刺を持っていなくて。
はあ、ジャーナリストの方なんですか。あの割と有名な実話系週刊誌の。ええ、聞いたことぐらいはありますよ。宇宙人と政府の癒着が特集された記事を見た時は、面白がってコンビニで買いましたね。ああ、すいません。さっさと注文でもしますか。
ここ、結構高いでしょう。だからこういう機会でもないと私みたいな貧乏人はなかなか用がありませんでしてね。
はい。じゃあ、このキャラメルの味のやつを。クリームがいっぱい入っていて、これだともうコーヒーっていうかケーキみたいなものですよね。医者に「砂糖は控えろ」って言われているんでけど、今日はチートデーってことで。
で、あの人について話を聞きたいという話でしたよね?
ええ、たしかに昔は同僚でした。休み時間や帰り際に雑談ぐらいはしましたね。そんなに変な人でもなかったとは思いますけど。少なくとも社交場では。
仕事は派遣であちこち回っていると聞きましたけど、働きぶりは真面目でしたね。飛び抜けて優秀というわけでもないですけど、色々と経験があるみたいで新しい仕事を割り振られても器用に対応していました。
まあ、強いて言えばねえ、あの人、結構気が短かったかな。知っての通り、私らがいた所ってコールセンターなんですけど、結構ヤバい奴らから電話がかかってくるんですよ。
特にお金が絡んでいるやつだと、かけてくる奴は基本バケモノみたいな奴らばかりですね。あいつらも生活が懸かっているから、どれだけ無茶な論理でも無理くり黒を白に変えようとするんです。気持ちは分からないでもないんですけどね。
それで彼は、割とキレるんですよね。いや、まあ気持ちは分かるんですよ。会ったこともない奴から「てめえ」とか「殺すぞ」って言われたら、私だって「この野郎」とは思いますよ。
ただ、大半の人はそれを口には出しませんよね?
だけどあの人、普通にモンスター客とケンカするんですよね。インカムとか付けているから最初は分からないんですけど、気付くとだんだんあの人のいる辺りから物騒な声色の対応が聞こえてくるんですよね。
それでよく聞いているとですね、「何だその態度はコラ」とか普通に聞こえてくるわけですよ。いや、音声が漏れ出たとかではなく、生身の声でした。
さすがに「え?」ってなって振り返ると、あの人の周りの複数名の上司が囲っていて……。LDとかSVって分かりますかね? コールセンターで対応に困った際、指示を与えてくれる上司ですね。それら上司が一ヶ所へと集まって来るんです。まるで複数の警察官に囲まれて職質されている被疑者みたいでした。
後から聞いたんですけど、モンスター客から「殺すぞ、てめえ」って言われて「やってみろや。逆にお前を殺してやるからよ」って売り言葉に買い言葉で返しちゃったみたいなんです。いや、いくら先に言われたからって客に「殺すぞ」はねえだろって思いましたけどね。
ははつ……すいません。この話、不謹慎だと分かっていても思い出すと笑っちゃうんですよね。
それで、当然のこと殺害予告をしたオペレーターは即クビですよ。客に殺害予告をやり返すコルセンのオペレーターなんて前代未聞ですよね。幸いなるかなはその会話が録音されていなかったのと、その迷惑客がネットに妙な書き込みをしなかったことなんですけど、ヘタすりゃ私ら全員が職を失っていた大事件ですからね。
それであの人は上司から詰められて「上等だよ」って感じで仕事中にも関わらずセンターを出て行ってしまい、それっきりでした。もうみんなお口あんぐりですよ。もしかしたらネットのどこかに書き込みがあるかもしれませんけどね。
まあ、私はちょっと雑談するぐらいの接点しかなかったんですけど、その時は普通でしたけどね。おそらくですけど、自尊心を傷付けられると異常なまでに反応してしまうタイプなんじゃないですかね。私個人としてはそう感じましたけど。
あの人は今どうしているんですか? あんな事件を起こした後ですし、普通に極刑になりそうな気がしますけど。しかし、そんなにヤバい人がすぐ近くにいたなんて嘘みたいな話ですよね。そういう意味では私も運が良かったのかもしれません。
……ええ、じゃあそうなると今は十三階段を昇る日を待っている状況ですか。想像しただけで気が狂いそうですね。
まあ、でも、それでも私の印象はですよ。そんなに変な人でもなかったと思います。あの事件についてはおかしなところもあったかもしれないですけど、もしかしたらよっぽどヤバい奴に当たっちゃったのかもしれませんし、私自身も「明日は我が身」って思う事もありますからね。
そう考えると、犯罪者っていうのも私たちとちょっと違うだけの存在のような気もしますけどね。もしかしたら、彼になっていたのは私だったかもしれません。いや、それはないか。
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