電話報告
初日の仕事を終え――とはいえ、ただの座学をしただけだが――狩野に電話する。
「おう、初日はどうだった?」
「どうもこうもねえよ。ただの研修だ。眠くて死ぬかと思ったわ」
「まあ、そうだろうな。コルセンは勉強で理論武装してからでないと鬱病患者を量産するだけだからな。しかしお前が勉強か」
スマホの向こうから「くっく」と笑う声が聞こえる。狩野からすれば、俺がカタギの仕事で四苦八苦している光景は愉快で仕方がないらしい。
狩野が笑いをこらえながら、冗談交じりに訊く。
「それでどうなんだ。もうギブアップしたくなったか?」
「まさか。それどころか若くてとびきり美人の同僚が二人もいるぞ」
「ほう、そりゃ熱いな」
狩野が口笛を吹く。昭和か。いや、俺たち二人とも昭和だった。どちらにしてもなんだか腹が立つのは間違いない。
梨乃ちゃんについてはいくらかフカしたが、まあいいだろう。あれでもオッサンばかりの職場にあっては十分過ぎるほど女神の資質がある。
「しかしまあ羨ましいな」
溜め息をつくと、狩野が続ける。
「こっちは完全なる慈善事業になった上に、来る女はメンヘラばっかりだぜ。まあ、それを助けるのが俺たちの仕事なんだけどさ」
「難儀だな。少し前の俺だったら、こんな仕事を無償に近い報酬でやっているなんて思いもしなかったぞ。声をかけてきた人間も、お前じゃなきゃヤバい宗教にハマったホストに勧誘されていると思っただろうな」
「俺もだ」
いくらか間が空く。沈黙の間に、互いに色々と思うところがあるのだろうと勝手に想像した。
なぜこんな思いをしてまで人を助けようとするのか、俺にも分からない。償いとも違う。あえて言えば義務であり本能だ。人には生まれつきの悪もありながら、同時に善も包含しているのだろう。
「とにかく」狩野が考えごとに耽りはじめた俺の意識を戻す。
「収入が安定しないとまともに活動なんか出来やしないだろ。何か困ったことがあれば俺に言え。可能な限り何とかしてやるから」
かつて何人もの女性を闇へと落としてきた男。その声に、悪魔の響きはなくなっていた。
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