明日には、もういない君へ

犀川こおり

第1話

 今日も授業をサボってしまった 。教室の空気が嫌いなわけでもなければ 、人と会うことが苦手なわけでもない 。どうしてか、気分が乗らないんだ。


 あれ、気分が乗るってどんな感じだったっけ。

 最近 思い出せないことが多くなっちゃったな。


 手入れされていない芝生の上に置かれたベンチに

座りながら、桜木さくらぎうい は 考えていた。中庭の横にある道は 普段から誰も通らないため、人の目を気にすることも必要なく、うい は少し前からこの場所が気に入っている。


 コツコツコツ 、誰かの足音が聞こえてきた。今までこの中庭付近で人を見かけたことは無かった。足音がどんどん迫ってくる。怖い。うい は咄嗟に俯いた。誰かが通り過ぎるまで俯き続けていようと思った。しかし、足音は止まった。中庭横の道に誰かがいることが、俯いていてもわかる。

 お願いだから 早くどこかに行ってください …

心の中でそう願ったが、その『誰か』は 再び歩み始めて うい の方に近付いてくる。先生かな、もしかして怒られるのかもしれない。視界に誰かの靴が見えて、きゅっと目を瞑ったその時だった。


「 雨、降ってるよ? 」


 聞きなじみのないのに、どこかで聞いた事があるような優しい声につられて、思わず顔を上げてしまった。ショートヘアの少女が、傘をさして立っていた。

少女は ういが濡れないように 傘を斜めにしてくれていた。雨粒が滴るその黒い髪に、ういは見惚れた。


「 後輩だよね、桜木さん。 」


 名前を呼ばれてやっと我に返った。どうしたら良いのか分からず、胸元にある名前の刺繍に手を当てた。この学校の制服に 名前の刺繍はないが、急な転校で まだ制服が手元にない ういは仕方なく前まで通っていた高校の制服を着ていた。久しぶりに脈が速くなっていることを実感した。先輩は、遅刻してきたのかリュックを背負ったままだった。

 せめて、名前だけは聞こうと思って口を開いた。先輩は じゃあね と 傘を ういに渡して すぐに去ってしまった。


 傘の持ち手をぎゅっと握りながら、考えた。

さっきまで 自分は 何を考えていたんだっけ 、と。

いつの間にか、雨はさっきよりも優しくなっていた。

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