醜聞
鮎崎浪人
第1話 早瀬鈴花
選抜されたメンバーの名と最新シングルの概要を口早に告げた後、劇場支配人は自らに集中する突き刺すような視線から逃げるように、呼び出されたメンバー全員を残してそそくさと専用劇場内の会議室を出て行った。
重苦しく充満していた緊張が一気に解き放たれる。
歓喜や安堵、失望や落胆が入り混りざわめく室内。
だが、
やっぱり今回もわたしの名前は呼ばれなかった・・・
高校一年生のときオーディションに合格したのを機に、地元の青森県の高校を中退して上京し、女性アイドルグループ「Paradise Party」に加入して、はや十年。
シングルの表題曲に選抜されたのは、およそ三十作のうち四回のみ。
特にここ三年は一度も選抜されることはなく、落選を知った後で必ず込み上げてきていた悔しさは今ではほとんど消え失せ、屈辱的な出来事に対する感覚そのものが麻痺していた。
自他ともに認めるところでは、選抜メンバーとの比較において、鈴花はルックスの点で決して引けを取らないし、歌唱力やダンスの面でも同様だった。
他のことには目もくれず、日々精進を続けてきた結果だと自負している。
ただ、アイドルとして唯一欠けていたものは、そしてそれは最も重要な資質であったのだが、コミュニケーション能力であった。
鈴花は幼少期から相手の気持ちを汲み取ることが不得手で、他者との適切な距離感を保つことができなかった。
そのうえ、見え透いたお世辞を言ったり、弱音を吐いて甘えてみせたりというような、年上や目上の人たちに上手に媚びることがどうしてもできない。
鈴花のそうした特性は、ファンの気持ちを引きつける上で致命的な欠陥だった。
ルックスやスキルがある程度のレベルに達していれば、選抜メンバーとして活躍できるし、自然とファンはついてくる。
加入当時の鈴花はそんなふうに確信していた。
今から思えば、なんて無垢、というより無知だったんだろう。
選抜と非選抜を隔てる基準、それは運営会社の利益にどれだけ貢献できるか。
その一点であることに、鈴花はしばらくの間気づかなかったし、また気づいた後も、鈴花にはどうしようもなかった。
運営会社への貢献度は何を以てして測るのか。
各メンバーのグッズの売上個数、握手券の売上枚数、SNSのフォロワー人数などである。
それらの実績を上げるためには、ファンの人数をより多く獲得することに尽きるが、そうした資質を生来持ち合わせていなかった鈴花にはなすすべがなかったのである。
もう潮時なのかな・・・
しばらく前から鈴花の心を絶えずよぎるのは、そんな消極的な感情だった。
と同時に、怒りにも似た気持ちがわき上がってくるのを抑えることができない。
ルックスやスキルで選抜メンバーに劣らない自分が、なぜこんな境遇に追いやられているのか。
どうしても納得できないのである。
大人の社会の仕組みを理屈では理解しながらも、そのくせ、本能は身もふたもない論理を拒絶していた。
なにかがおかしい、なにかが。
自分が身を置いている世界に対する理不尽だという思いや違和感は、やがて鈴花の中に燃えたぎるような鬱屈を生み出していった。
そして、その逆恨みの対象はライバルであると同時に仲間でもあるはずの選抜メンバーへと向けられた。
特に、常に人気で一・二を争うメンバーの二人に嫉妬の刃を突きつけた。
センターという華やかなポジションを目指してお互いに切磋琢磨し合いながらも、うわべだけではなく、プライベートでも本当に仲のいい二人。
こいつらを選抜メンバーの座から引きずり降ろしてやりたい。
きっとさぞ痛快なことだろう。
そして、そうなれば、必然的に選抜の枠が空くことになり、長年圏外に甘んじているわたしにだってチャンスが巡ってくるに違いない!
人気メンバーが選抜から外れることは、グループの繁栄という大命題にとって大きな妨げとなることは自覚しつつ、それよりも鈴花は人気メンバーの転落を目の当たりにして憂さを晴らし、さらに自らが選抜へ復帰したいという抗い誘惑に魅入られていった。
では、この二人のメンバーに決定的なダメージを与えるにはどうしたらいいのか。
その答えはあまりにも明白である。
醜聞(スキャンダル)。
そう、ただ一回の醜聞によって、相手に壊滅的な打撃を加えることができる。
それほどまでに、アイドルにとって醜聞は天敵なのである。
そして、鈴花は決意したのだった。
あの二人のメンバーの秘密を暴いてやる。
その醜聞によって人気をどん底に堕とし、選抜メンバーの常連という安泰の地位から蹴落としてやるんだ。
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