第20話

 僕はただ、エトリアに幸せになってほしいと思っている。


 そのためにはエトリアとセイバーナ殿の歩み寄りが必要なのではと感じている。


 しかし、二人の心は歩み寄ることなく二人が学園に通う年齢になった。


 二人が入学して半年も過ぎた頃、不穏な話が出てきた。エトリアの友人たちの婚約者が一人の令嬢に懸想して令嬢たちを蔑ろにしているという。エトリアに被害があってはならないと、警備が強化され、それらの者たちは王家監視下となった。


 その時、セイバーナ殿にその集団の危険性を伝えることはできるが、国王陛下の指示であえてそれはされなかった。


「気持ちのない政略結婚なら、せめて危機を回避し対処する力がなければならぬな。

こちらに諜報部があることは伝えてあるのだ。気がつくなり避けたいと思うなりすれば聞いてくるだろう。もし、何かしらの質問をしてきたら教えてやれ」


 国王陛下はセイバーナ殿の外戚婿としての資質を見極めることにそれを利用なさるとお決めになった。


 セイバーナ殿は彼らと気が合わなかったのか危うきに近づかないのかはわからないが、彼らと多くの接点を持つことなく時間が流れた。


 そして、事件の夜の出来事は朝になって報告がされた。


 


 国王陛下の執務室で前夜の酒会の報告を受けた。朝一の報告ではセイバーナ殿が酒に睡眠薬を盛られベッドに運ばれたという話であった。


 国王陛下と僕が報告書を読み直していると、けたたましくノックがされた。

 事務官が対応し陛下の首肯で招き入れると諜報部の窓口になっている役人が入室してきた。


「今朝方、対象者Aの部屋にてヨネタス公爵子息セイバーナ様と対象者Dがことにおよびました」


「「は?」」


 対象者は、サジルス、レボール、テリワド、リリアーヌの順にABCDと暗号化されている。爵位の順だ。万が一他に聞かれたときにその家の醜聞になることを避けるためだ。

 つまり『サジルスが借りている寮の部屋でセイバーナ殿とリリアーヌが性交渉した』という報告だ。


「なるほどな。朝の生理的に受け入れてしまいやすい状況にするための睡眠薬か……」


「王家に関わる者に薬を盛るなど愚行をするものだと感心しておりましたが、その上の計画だったようですね」


 サジルス自身が公爵子息とはいえ、王家の婚約者である公爵子息に薬を盛ることからして信じられない行為だ。


「睡眠薬といっても軽いものであると報告が入っております。酒と一緒に服用したことで効きやすかったのかと思われます」


 役人は報告書を出しながら説明した。メイドにグラスを下げさせ調べたところ薬の混入が認められている旨の報告書だ。


「慣れぬ酒と睡眠薬か。『セイバーナが眠れないと言っていた』とでも言い訳するつもりだったのだろう。誰でもテスト前などで眠れない日はあるし、冗談めかして友人たちにそれを言うこともある。その言葉尻を捕まえれば言い訳などいくらでもできる。

オキソン侯爵の小倅――テリワド――は多少頭が切れるようだしな」


「陛下。隠語をお使いください。して、いかが対処いたしますか?」


 役人は苦笑いした。国王陛下にその顔ができるほど信頼されている者だ。 


「ふんっ! よい。放っておけ。王妃とエトリアにはワシから話をしよう」


 国王陛下は彼らの醜聞など気にする価値はないと思い始めているようだ。


「かしこまりました」


 その日のうちに王妃陛下とエトリアはその報告を国王陛下から受けたが、その場では二人共特に感情が動いた様子はなかった。

 後に聞いたところ、部屋に戻った王妃陛下の怒りは凄まじいもので、国王陛下でさえ入室を戸惑ったそうだが、エトリアも僕もそんなことは知らない。


「殿方ってそんなものだと聞いてはいたけど、本当なのね」


「そんなわけないだろっ! 自律していればいいだけの話だ」


 自室でお茶を飲みながら呟いたエトリアの言葉を僕は強く否定した。


「生理が自律に勝ることは誰にでもあることだわ」


 大きな意味ではそうかもしれないが、僕はどうしても納得できなかった。だが、心の何処かでセイバーナ殿に対象者たちへの注意を促しておかなかった罪悪感があり、エトリアにもそれ以上は何も言えなくなる。


 王妃陛下のお怒り具合を知っていれば、もっと強く『誰でもすることではない』と言えたかもしれない。


 この事件でエトリアは尚更政略結婚に愛を求めなくなった。

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