第19話

 とある国の小さな村で働く壮年の男は元子爵子息で、四男のため騎士となった。しかし、怪我で騎士団を辞職し平民になることになってしまった時、同僚で友人の侯爵令息が小さな村の管理人の仕事をくれたのだ。勉強が苦手であった男は友人に言われたことを一生懸命にやってきたが時々遣わされる文官の者にとても世話になっていた。

 侯爵令息であった友人は侯爵を継ぎ、年に一度は視察を兼ねて酒を飲みに来ている。


「今まではたまぁに来てくれる役人に助けてもらっていたんだけどさ、お前さんがずっといてくれるからその必要もなさそうだな。

んじゃ、俺はばあさんたちの手伝いに行ってくるわぁ。昼飯もそこで食わせてもらえると思う」


 壮年の男は事務仕事を全て新任の若者に任せてしまう。だが、その代わりに村人の手伝いに行くのだから良い人なのは間違いない。

 男が侯爵から管理人としての給金をもらっているからと言って手伝いをしても村人から金を受け取らないことは周知されていて、自然と手伝い賃の代わりに昼食を出すことになっていた。彼らが来るからといって昼食を豪華にするとその男はしばらくそこへは手伝いに来てくれなくなるので、いつも自分たちが食べる物と大差ないものを出している。


「今日は西区ですか? 他の地区から要望が来たら聞いておきます。いってらっしゃいませ」


「ああ、よろしくな」


 壮年の男は農機具を馬に括り付けて、外で待っていた息子とともに出かけて行った。息子は新任の若者より幼い。


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 婚約破棄事件から半年、アロンドは報告書をそっとソファテーブルに置いて、体をソファに預けた。そして肩の荷を降ろすように安堵のため息を漏らした。


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 僕はエトリアを一目見た瞬間に恋に落ちた。


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 僕アロンドはチェスタヤ王国の第五王子だ。西隣国であるコニャール王国に友好の確認のための外交にやってきた。隔年に交代で大使を送り互いの友好を確認し合うことになっている。


 コニャール王国王家は大使である僕を恭しく迎え入れてくれ、両国が友好であることをしっかりと確認させてくれた。


 そして僕のためにと王家の人たちが揃う晩餐会となる。そこで会った女神こそがエトリアだ。


 美味しいはずの食事もワインも記憶にない。帰国の日までのぼせた気持ちで過ごしてしまった。


 ただ、帰国の際にエトリアに婚約者がいないことはしっかりと確認した。


 自国での僕はエトリアを娶るために奮闘した。だが、その奮闘虚しくその地盤が整う前にエトリアが婚約者を決めたという連絡が入った。


 しばらく何も手につかなかった僕だったが、兄上たちに励まされ立ち直った。そして、エトリアを守れる立場になりたいと思ったのだ。


 コニャール王国の両陛下は僕を快く受け入れてくれた。エトリアも最初こそ戸惑っていたが僕が折れないことを覚ったのか僕をエトリア専属の執事兼秘書兼付き人として認めてくれた。

 王城内ではチェスタヤ王国の侯爵家三男ということにした。その侯爵家は母上の実家で、実際に年上の従兄弟が二人いるし、僕の黒髪は母方の遺伝である。なので問題なく受け入れられた。ただし、僕はなかなかの美男子らしいのでその長い黒髪の前髪を下ろして顔を隠した。


 エトリアの婚約者というセイバーナ・ヨネタス殿とはすぐに面識を持つようになった。エトリアと婚約者としての茶会があるのだから当然だ。


 セイバーナ殿は人の良い少年だった。礼儀も正しく礼節を弁えにこやかな表情は自然に見える。年の割に話題も豊富で知識があることを感じさせた。


 だが、エトリアへの遠慮が見られる。エトリアは王女なのだから致し方ないのかもしれない。婚約して一年もすればエトリアとセイバーナ殿は親しい関係になれるのだろうと思っていた。


 それを僕が望んでいるのかは自分でもわからない。

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