とある男の手記

主道 学

第1話 ??時

 どうやら、私は霞がかった意識でぼんやりとしていたらしい。

 頬に当たった水滴で、はたと気がついた。


 ここはどこだろう?

 

 目を開けてみたら真っ暗闇だった。


 それも、座った状態で、どうやら体が何かで固定されているようだ。


 両腕が後ろで縄か何かで縛られている。


 自分の名前も思い出せない。

 どうやら記憶喪失か一時的な記憶障害なのだろう。


 ここは、静かな空間のようだ。

 少し寒いくらいだが。未だぼんやりしていて特に不安もない。だけど、不満を言わせてもらえば後ろに不恰好に縛られた両腕がひどく痺れる。


「お腹空いてる?」


 唐突に前方から若い女性の声がした。


「え?!」


「お腹空いてる?」


「え? あ、ああ」


 私は朝から何も食べていなかった。


 仕事前の朝食はいつも食べないのだ。


 そうだ。ここにいる前は仕事の日だった。


 多分、その日は月曜日だった。


「お腹空いてる?」


「あ、そうだよ。お腹空いてるよ」


「お腹空いてる?」


「……」


 なんだか私は怖くなって来た。


 この声は女性の声だが、何故だろう?

 

 チューブや何かの機械が口に挟まったくぐもった声にも似ているのだ。

 声の主からモーターなどの駆動音でもしてきたら、私は不気味過ぎてその場で卒倒していただろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る