第2話:「混成装脚機中隊、作戦開始」

「異世界だぁ?未だに信じられん」


 気だるげな色で、ボヤきの声を零す髄菩。



 髄菩という彼女、いや彼についても説明しておきたい。

 彼は27歳の男性。陸上防衛隊の普通科にて、普通科配備の装甲車輛の運用を担当する隊員だ。

 現在は普通科連隊の、普通科中隊付随の装甲車隊にて。普通科直掩用に導入された89AWVを駆る身の上にある。


 容姿にあっても触れて置けば。

 本来の男性時の時のそれは、ぶっちゃけ陰険そうで大分悪いレベルの人相。

 しかし今に在っては前述した通り。

 整った顔立ちに凛とした釣り目が映え、美麗で自然な黒髪ロングが特徴の。外見年齢17歳程、女子高生程の美少女となっていた。

 補足すると、性転換時には個人差はあるが肉体年齢が若返るケースが多く見られる。

 そしてその完璧だが豊満な凹凸のワガママボディは。OD色を基調とした搭乗員用ボディスーツ――軽量装甲戦闘服7-型に、そのラインを浮き出し強調されて、魅力を醸し出していた。



 そんな、正体は陰険な人相の兄ちゃん。現在は凛々しい黒髪ロング美少女で、ぴっちりボディスーツ姿な髄菩は。

 ボヤきつつも、引き続き機長用ペリスコープを覗き外部を観察する。


 そのペリスコープ越しに見えるは、小高い丘や平原が広がり、向こうには街の見える光景。

 長閑な光景、であるはずなのだろう。本来は。

 しかし、今見える一帯は――戦場と化していた。


 丘や平原中には地球の中世時代のものに類似した、剣や槍や己や弓を主武装とする軍隊の隊形が。無数に隊形を作り、陣を張っている。

 所々に配置される投石器からは、撃ち込まれる火石の数々が見え。そして遠くに見える街からは、火の手が上がっている。

 果てには前述した通り。この地が異世界である事を証明するように、上空を翼竜ドラゴンや鳥獣を用いた、無数の飛空騎兵が占めている。

 それは、街が包囲されて攻め落とされようとしている光景であった。


 現在のこの地は、この異世界にある小さな王国の領地内。見える街はその王都だ。

 そしてその王都を包囲するは、『魔帝軍』。この異世界の地で各地へ侵略の手を伸ばしている、巨大な帝国国家のその軍隊。

 この異世界は現在、そんな動乱の中にあり。今見えるは、それを体現する光景の一つであった。


「――ッ、肩の凝りそうな事になってる」


 その光景を見て、しかしその顔の色を悲観に染めるでもなく。億劫そうな一言を髄菩は零す。


「フフ――やりがいが、ありそう」


 その髄菩薩の足元から。可愛らしい声での、しかし反した不気味な言葉遣いが上がり聞こえて来たのはその時だ。

 正確には髄菩の脚の、ふとももの間。髄菩からは黒みかかった茶髪のポニーテールに結った髪型頭部が、自身の乳房越しにすぐ下に見える。

 砲塔内にタンデム配置で機長席のすぐ前真下にある、砲手用席。そこにその声の主である、また別の美少女の姿があった。


 ――薩来さつらい 脅摩きょうま陸士長。

 髄菩の89AWV機長抜擢に伴い、補充されて来た要員であり。現在は当89AWVの砲手を務める隊員だ。

 今にあってはその容姿は、陰を感じハイライトの無い釣り眼が不気味ながらも。前述の黒みかかった茶色の綺麗なポニーテール髪が似合う、整った顔立ちの美少女。

 髄菩以上にワガママなそのボディは、同じく軽量装甲戦闘服7-型にそのライン色っぽく飾られている。

 しかしその薩来は。男性時にあっては醜男では無いながらも、不気味で近づきがたい容姿雰囲気の人であり。髄菩もそれを知っていた。

 そして何より。薩来はその見た目容姿に違わない、何か不気味な言動の多い人物であった。


「ボソッと呟くな、ビビる」


 そんな不気味な面のある薩来に、髄菩はそう忠告を降ろし。

 そして不気味な声の発生源である薩来を封じるように、自身の脚の間にある薩来の首回りを。己のふとももで挟む。

 ちなみにその狭い配置、位置関係の都合から。

 先程から髄菩がペリスコープを覗くために上体を少し傾ける度に、その豊満な乳房の下乳が、薩来の後頭部に押し付けられ乗っかっていた。


「フフ――セクハラ」


 それにまた、ボソっとそんな不気味な訴えを上げる薩来。


「ハァッ」


 しかし髄菩は取り合わずに、難儀の立て続いている現状に対して。その美少女姿に似合わぬ、また陰気な溜息を吐いた。


《――髄菩》


 そんな所へ髄菩の側面から、何か効果の掛かった別の声色が今度は聞こえた。

 発生源は機長席の側面に在るモニターの一つ、そのスピーカー。見ればモニターには、また一人の少女の姿が映し出されていた。


 モニターが映す先は、この89AWVの車体側にある操縦手席。すなわち映った少女は、この89AWVの操縦手であった。

 少し不健康な印象の真白い肌に、同じく真白いロングの髪が飾る。

 一際目を引くは、白目部分が黒くなっていて、瞳は金色のその眼。そしてこの地球日本と繋がった異世界にも存在する、エルフ族のような長く尖った耳。

 まるで物語に登場する悪魔種族を体現したような美少女が、モニターには映っていた。


 彼女――明かせば御多分に漏れず、その正体は男性であるのだが。

 その名は――藩童はんわらし 綿繰わたぐり。階級は陸士長。


 まるで異世界の悪魔種族のような姿外見だが。断って置けば、その出自はれっきとした日本人だ。

 彼に在っては性転換に伴い少しばかり特異な特性が生じる体質であり、その悪魔のような姿はそれによるもの。そしてこういった特性は彼に限らず、一定の性転換者に見られるものであった。

 もっとも藩童にあっては、元の男性の姿も少しばかり不気味なそれではあるのだが。


《混成ヘリ隊はまだ来ないか?》


 そんな悪魔美少女な外見の。加えて言えば肉付きは髄菩や薩来より控えめだが、完璧なバランスのそのボディを、やはり軽量装甲戦闘服7-型でエロティックに飾っている藩童は。

 寄こしたモニター通信にて、そんな尋ねる言葉を紡ぎ届ける。

 今、髄菩がペリスコープで観察している異世界の戦場には。間もなく戦闘/攻撃ヘリコプターと汎用ヘリコプターの混成編制による、ヘリボーン部隊が到着する予定であったのだ。


「まだだ、運命の輪はゆっくり回るのさ」


 その問いかけに髄菩はと言えば。なにかの真似でもするように、投げやりな口調でそんな回答を返して見せる。


《航空優勢は、これからという話だったな?》


 モニターの向こうの藩童はそれに突っ込むでもなく。続けて別の質問、確認の言葉を紡ぎ寄こす。


「1空団臨時隊のF-2ADV(アドヴァンス)の編隊が上がって来て、これからやる。その元で、自分等もなんとかやるんだ」


 それには、いくらかの詳細を答えて返す髄菩。

 向こう見える戦場の航空優勢を確保すべく、航空防衛隊の戦闘機隊またが向かっている。その報はすでに届いていた。


《急な作戦だからな、そうもなるか》

「ビビったか?」

《冗談》


 髄菩薩はまたその凛とした美少女顔に似合わぬ、皮肉気な揶揄う声を投げかけ。

 しかし藩童はそれに端的に返す。


《――中隊長機〝アズラ1-1〟より各機へ、聞け》


 そんな所へ割り入る様に、通信音声が割り入った。

 そして機長席の正面横にある別の通信モニターに、その発信元の人物の姿が映る。

 映しだされたのは、シュートボブの髪型の映える気の強そうな美人女性。その正体は、現在は髄菩等も指揮下に入っている混成装脚機中隊の中隊長だ。

 言ってしまうとやはり本来は男性の性転換者であり、元は狡猾そうな印象のある男性幹部。階級は三等陸佐。

 モニター越しにも、軽量装甲戦闘服7-型に包まる豊満なバスト谷間が見え主張している。

 背景は三等陸佐の搭乗機である、90MBW――90式主力戦闘装脚機の機長席だ。


「来おった」


 その中隊長より来た通信に、髄菩はどこかやれやれと言った反応を見せつつ注視する。


《戦闘団本部は、街にはこれ以上の猶予は無いと判断した。管区隊主力及び第1装脚群の到着、そして航空優勢確保からの航空支援は待たない》


 告げ伝えられたのは、間もなく〝作戦開始〟の報。及びそれに伴う、状況想定の一部変更の旨。


「だろうよ」


 それに、髄菩は予想の範疇と言うように零す。


《作戦を間も無く開始する、備えろ》


 そして端的に伝えられた指示命令の言葉の後に、中隊長機からの通信は終わりモニターは消える。

 しかし髄菩はそれを聞くよりも前に、すでに片手間に車内の計器類の操作を行い始め、〝準備〟に取り掛かっていた。


《荒っぽくなりそうだな》

「いつだって、そんなモンだ」


 傍ら、操縦席の藩童はそんなボヤく言葉を寄こすが。髄菩はそれに淡々と、投げやりに返す。


「――来た」


 髄菩の足元の薩来が、何か不気味にボソリと一言を紡いだのはその時だ。


「あぁ、来たな」


 しかし髄菩はそれに驚くでも突っ込むでも無く、同様に何かを聞き留め気付いた様子で声を発する。

 装甲越しの車内にも届くそれは、バタバタという無数の荒々しい異音。

 そして今しがた起動した機長席前のモニターに。89AWVの車外前方を広く映す、外部カメラからの映像に。

 その光景の上空に、無数の飛行体が飛来し姿を現した。


 それは多数の回転翼機、ヘリコプターからなる編隊。

 今しがたに会話に上がった、混成ヘリコプター隊の到着であった。


 AH-92Dイースター――AH-64Dの後継機である戦闘ヘリコプターが4機1個小隊。

 編隊の中核である、汎用ヘリコプターであるUH-3とUH-60JWが合わせて十数機。

 観測や軽攻撃支援に、OH-2や武装型OH-6が数機付随。


 第1戦闘ヘリコプター隊、及び第1ヘリコプター・V/STOL機団から抽出された各機。それがヘリボーン部隊の概要であった。

 さらに汎用ヘリコポターにはヘリボーン作戦の骨幹を成す、第1空挺団の隊員等が搭乗している。

 これより彼等が(彼女等になっている可能性も大だが)、包囲され戦火に包まれる丘の向こうの街へと、ヘリボーン作戦を開始する手はずだ。


 出現したそのヘリコプターの大規模編隊に。

 それまで上空を我が物顔で占めていた翼竜や鳥獣の飛空騎兵が、次には大混乱に陥り。そして応じる間もなく、ヘリコプター各機の機関砲やミサイル投射に撃ち落され始める有様が繰り広げ始められた。


《――アズラ1-1より中隊各機。偽装を解け、作戦開始だ》


 そしてそれに合わせて通信より寄こされたのは、中隊長からの指示命令の言葉。


「やぁれやれ――行くぞッ」


 それを受け、髄菩は気だるげな一言をボヤき零した後に――透りながらも尖る声で、促す一言を発し上げた。

 それに呼応して89AWVはそのエンジンの唸りを上げ。物々しく揺れて動き始めた――

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