第39話 もう一つの反撃

 久遠副部長たちの活躍によって、千聡を守ることはできた。

 だが、なぜ外国の特殊部隊が千聡の住所を知ったのか。

 事態の背景を探ったダンジョンギルドの諜報部は、ほどなく副大臣など一部の政治家が秘密を洩らしたことを突き止めた。

 「やはりか。」

 ギルマスの藤里は唇を噛み締めた。

 「奴らは探索者を便利なコマとしか思っていない。社会のために命がけでダンジョンを探索しているというのに。」

 これまで藤里は辛抱強く政治と向き合ってきた。

 だが一線を越えた。

 外国の諜報機関に住所を教えればどうなるか、副大臣が知らなかったはずがない。

 「目にモノを見せてやろう。」


 しばらくして、副大臣が長年不倫をしていたことや脱税を繰り返していたことを週刊誌が報じた。。

 外国の諜報機関に秘密を洩らしたその他の政治家たちについても、政治資金の不正などのスキャンダルが次々と報じられる。

 「記憶にございません。」

 「秘書が勝手にやりました。」

 「妻が私の知らないうちに。」

 などと見苦しく言い訳をしたが、さらに動かぬ証拠がSNSで拡散していった。

 様子見をしていたテレビや新聞などのオールドメディアもさすがにスキャンダルを報じ始める。

 しばらくして副大臣をはじめ、七音の秘密を外国に洩らした政治家たちは議員辞職に追い込まれていった。

 一連の動きを仕掛けたのはダンジョンギルドの諜報部だ。

 もし政治家たちが探索者に危害を加えてくれば反撃して追い落とせるようにと、こつこつ情報を集めていたのだ。

 探索者は一般人よりも身体能力が際立って高く、視力や聴力も優れている。

 政治家は叩けばホコリの出る者が多いので、情報を集めるのはさほど難しくなかった。

 そして副大臣らが辞任してからほどなく、スキャンダルを起こした政治家たちが実は七音の情報を外国に流したという噂がSNSで広まり、メディアも報じた。

 要職についている政治家はメディアに影響力を持っているが、辞職すれば影響力は大幅に薄れる。

 本命である探索者の情報を外国に売った問題をきちんと社会に広めるために、ギルドの諜報部はまずスキャンダルで政治家を追い落としていたのだ。

 そのあたりの事情は政界では次第に知られるようになっていった。

いや、ギルドの諜報部がそうなるように情報を流していった。自分たちに手を出すとこうなるという、ギルマスの藤里によるデモンストレーションだ。


 ある日の晩、政治家たちが高級料亭に集まってその噂話をしていた。

 「どうやら副大臣は虎の尾を踏んだらしいな。」

 「あいつはもともと自信過剰でしたからな。」

 「ダンジョンギルドが反撃するのも無理はない。外国の諜報機関に情報を売るような奴は辞職して当然だな。」

 「しかし、ダンジョンギルドを放置しておいてよいのですか。大人しくダンジョンに潜っていれば良いものを。政治に関わるとは思い上がっているのでは。」

 「そうは言ってもなあ、ギルドは政治家の情報を以前から集めているようでな。」

 「あなた方ベテランはそれでいいかもしれないが、我ら若手議員はこれから政治を動かしていくんです。ギルドに大きな顔をされては困る。」

 「ふん、若手といっても、お前さんも長く囲っている女がいるだろう。下手に探索者に手を出すと、ギルドに暴露されるぞ。」

 一部の政治家は不満そうだったが、影響力のあるベテラン政治家たちはギルドに手を出すべきではないと考えたようだ。


 政治家たちの密談もまたダンジョンギルド諜報部の情報網にかかり、ギルマスの藤里とダン学連の津田会長の知るところとなった。

 「ふむ、政治屋も探索者に手を出すことの危険を認識したか。」

 「そうですね。ギルマスが政治屋の情報を集めてくれていたお陰で迅速に反撃できました。不倫に脱税、外国への情報漏洩と続いたスキャンダルで与党の支持率は暴落していますから、彼らも少しは懲りたでしょう。」

 「そうだね。ただしばらく経つと忘れる厚顔無恥な連中だ。システマティックに再発を防ぐ必要がある。」

 「探索者の情報を守る仕組みはできそうなのですか?」

 「うん、政府の担当課長は理解のある人だから。探索者の住所など個人情報は政府にも秘匿する方向で調整してくれている。与党に打撃を与えた今なら、うまくいくだろう」

 「それは良かったです。」

 「そうなんだけどね。」

 藤里は少し遠い目をした。


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