第17話 七音、海へ行く?

 7月になり、日ごとに暑さは凶悪になってきた。

 最高気温は40℃を超え、昼間に外を歩くのはつらい季節になってきた。

 温暖化が進んだ結果、日本の夏は危険な季節になっている。熱中症の患者を運ぶ救急車が街を走り回り、体力の落ちた病人や高齢者には亡くなる人も少なくない。

 透士は熱中症で亡くなった高齢者のニュースを見ると、哀しそうな、でもどこか懐かしそうな顔をして窓の外を見上げた。

 探索者は身体能力が上がって暑さにも強いが、快適なわけではない。

 暑いなあとぼやきつつ、宗人が寮のカフェでアイスコーヒーを飲んでいると、着信音が鳴った。

 メールの送信者は津田部長だったが、その内容に宗人は驚いた。

 「来週、七音の諸君は海に行ってきたらどうかな。」

 送られてきたメールにはそう書いてあった。

 地下のダンジョンに潜る活動の部なのに、海とは?

 まさか新人戦の優勝の祝いに海に遊びに行けるのかな?


 翌週、七音のメンバーはボートの上にいた。

 「あと一時間くらいで湾岸ダンジョンに着くぞ。」

 ボートの先頭にいる本田先輩が告げる。

 中級ダンジョンの1つである湾岸ダンジョンの入り口は東京の近くの小島の一つにある。大海嘯で海に沈んだ東京の東部分から埼玉の南のあたりは多島海のようになっている。

 だから七音のメンバーはボートに乗っていた。

 部長からのメールは、もう中級ダンジョンを探索しても大丈夫だろうから、湾岸ダンジョンに行ってきたらという提案だった。

 まあそんなことだろうとは思ったけど、紛らわしいよなと宗人は心の中でぼやいた。

 ボートは水没したタワーマンションが林立している海域に近づいた。

 「タワマンといえば、以前は高額でステータスシンボルになっていたらしいね。」

 杼口先輩がしんみり言うと、透士が応じた。

 「奢れる者も久しからず、ですね。」

 「うん、諸行無常という感じがするね。」

 今では人の住めなくなった巨塔が海に並んでいる。

 噂では大海嘯で難民になった人や犯罪組織が一部の建物に住みついているらしい。うっかり迷い込むと攫われるとも言われている。

 レベルの低いパーティーが湾岸ダンジョンに入ることを禁じられているのは、この辺りの治安の悪さもあった。

 やがてボートは目的の小島に着いた。


 湾岸ダンジョンに入ると、爽やかな風の吹く草原だった。

 海の中のダンジョンなのに草原か。宗人は驚いて固まった。どうやら外の地形とダンジョンの中は関係ないらしい

 湾岸ダンジョンの情報もダン学連によって公開されている。

 1層と2層にはレベル3のファングボアとレベル4のゴブリンアーチャーが出ることが分かっている。

 1層にスライムが出る汐留ダンジョンとは違うが、戦い慣れている魔物なので問題なく倒していく。

 3層と4層はレベル4のゴブリンアーチャーとレベル5のオークが出現するが、やはり難なく進む。

 5層に降りる階段に着いた。

「ここからは地形が変わり、戦ったことのない魔物が出るよ。」

顕続先輩の声にみんなは気を引き締める。

 5層の地形はサバンナだった。

 「海の中なのに乾燥したサバンナなのか。」

 「そうだな。何か変な感じだよな。」

 宗人と透士は話しながら歩くが、周囲は警戒している。

 しばらく進むと蘭先輩が警告した。

 「右の灌木から3匹。多分ジャッカル。」

 さすがの蘭先輩も初めて見る魔物だと断言できず推測になるようだが、どこから何匹出るか分かるのは大きい。

 「では私と宗人、透士で一匹ずつ相手をしよう」と言うと、美邦先輩は槍を構え

た。

 ジャッカルはレベル5の魔物だ。美邦先輩がレベル8、宗人と透士もレベル6に上がっているので怖い相手ではない。

 問題なく1人で1匹ずつ倒す。

 その後もこれといったピンチもなく、七音は六層に向かう階段に着いた。

 初めてのダンジョンなので無理をせず、この日はここで探索を止めて一層に戻った。


 次の日、七音は再び湾岸ダンジョンにやってきた。

6層ではレベル6のリザードマンも現れたが、オークより少し強いくらいで問題なかった。

7層も問題なく通過し、8層に入った。

 リザードマンと戦っていると、蘭先輩が「右手に別の敵。多分ヒュージスコーピオン」と警告した。

 右側にいた宗人は警戒したが、サソリのような魔物の奇襲を受けた。

 「うわ、地面と同じ色で見えにくい。」

 剣で倒したもののハサミが腕にかすった。腕の傷は紫色になり、みるみる腫れていく。

 「キュアポイズン」

 顕続先輩が治癒魔法を唱え、宗人の腕は暖かい光に包まれる。

 みるみる腫れがひいていく。

 「ありがとうございます。」

 「いや、ようやく出番があった感じだよ。」

 8層はこれまでの階層より慎重に進む必要があったが、無事に攻略できた。

 9層に進む階段の前で美邦先輩が言った。

 「次の階は中ボスが出る。このダンジョンでは初めての強敵だな。」

 「うん、レベルも8あるし、尻尾の毒は脅威。」

 「そうだね。ここまで順調だったけど、気を引き締めていこう。」

 先輩たちの言葉に宗人と透士も気持ちを改めた。

 階段を降りると、9層は中ボスだけの階層になっていて、一本道が続いていた。

 一本道の突き当りに大きな扉のある部屋があった。

 「みんな、準備はいいか。」

 美邦先輩の声に宗人たちは頷く。

 「では、行くぞ。」

 両開きの扉を開けると、夏のきつい日差しが照り付けてきた。

 部屋の中は砂が満ちている。

 ダンジョンの中は不思議だと宗人は改めて思った。

 部屋の奥には深紅の巨大なサソリがいた。中ボスのクリムゾンスコーピオンだ。

 「来る!」

 蘭先輩が警告してすぐ、巨大なサソリは意外な素早さで突進してきた。

 事前の打ち合わせどおり、左右に分かれて回避する。

 「ファイヤーボール!」

 左手に動いた宗人は魔法を撃って魔物の注意を引き付けた。

 「キシャア!」

 魔物は巨大なハサミで宗人を挟もうとする。

それを宗人の前に出た透士が盾で受け止める。

 透士の足は砂に少し埋まるが、何とかこらえる。

 「ピアース!」

 その間に右手に動いていた美邦先輩はサソリの尾の関節部分を狙って槍を振るう。

 妖精銀の槍は見事にサソリの尾を断った。

 「良し!」

 美邦先輩は拳を握る。

 クリムゾンスコーピオンの最大の脅威は尾の攻撃で、かすっても猛毒の状態異常効果が生じる。尾を断ち切ったことは大きい。

 「ギシャアアア!」

 痛みに怒り狂った魔物は向きを変えて美邦先輩にハサミを振り回そうとする。

 だが魔物が後ろを向くのを宗人と透士は黙って見ていない。

 二人は向きを変えようとするクリムゾンスコーピオンの足を剣で斬った。

 妖精銀の剣は切れ味が鋭く、魔物の足を一振りで切断した。

 動きの鈍った魔物の足を美邦先輩も狙い、宗人と透士と3人がかりで間もなくすべての足を切り落とした。

 動けなくなったクリムゾンスコーピオンは恨めしそうに見ている。

 「ファイヤーボール!」

 宗人は魔法を放ち、右目に命中した。

 「シッ!」

 左目には蘭先輩の投げたナイフが深く突き刺さる。妖精銀のナイフは以前のものより格段に攻撃力が上がっている。

 「グギャオオオ!」

 目の見えなくなった魔物は闇雲にハサミを振り回すが、慎重に動きを見極めた美邦先輩が槍を振るう。

 「ペネトレイト!」

 槍は見事にハサミと腕をつなぐ関節を貫通した。

 関節を破壊されて巨大なハサミを支えきれず、どさっとハサミが地面に落ちる。

 「スラッシュ!」

 もう片方のハサミを宗人が剣技で切り落とす。

あとは攻撃能力を失ったクリムゾンスコーピオンに止めを刺すだけだった。


 「みんな、お疲れ様。クリムゾンスコーピオンもキュクロプスほどじゃないけど強敵なのに、危なげなかったね。」

 顕続先輩が笑顔で声をかけた。

 「うん、妖精銀の武器は凄い。私のナイフも役に立つようになった。」

 「ああ、私の槍も、宗人と透士の剣も切れ味が格段に増した。」

 「そうですね、装備の違いは大きいですね。」

 「同感だ。僕は盾を使う分、剣術はそこまでじゃないけど、この剣なら強敵相手でも行ける。」

 「あ、宝箱も出た。」

 中ボスであるクリムゾンスコーピオンは大きなマナストーンをドロップしたが、さらに宝箱も出現した。

 蘭先輩が罠を解除して開ける。

 すると、また宗人の頭の中に声が聞こえた。

 「うむ、順調に来ておるようだな。此度こたびの装備は新たな脅威に対抗するもの。常に身に着けておくが良い。六の数字に気を付けよ。」

 宝箱から出てきたのは見事な装飾の手甲と脛当すねあてだった。


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