第16話 新人戦(団体戦②)
団体戦は先頭集団が3層に突入し、佳境に入ってきた。
「三条さん、3層で重要になってくるのはどんなことでしょうか。」
「索敵の精度ですね。ここまでは目の前の魔物を倒していれば良かったのですが、ゴブリンはそういうわけにいきません。できるだけ交戦を避けながら、なおかつ、あまり回り道をしないで済むようなルートを見つけて進むことが重要です。」
「ここからは勢いだけで進んではいけないわけですね。」
「はい。索敵は盗賊のジョブを持つ選手が担うと思いますが、1、2年生では広い範囲を正確に索敵することは難しいですから、慎重に進むことになると思います。」
解説の三条さんの言葉どおり、享保大と正法大のパーティは慎重に進み始めた。しばらく進んでは止まり、索敵が終わったらまた動き出す。
しかし七音は、これまでよりゆっくり進むようにはなったが、途中で止まるようなことはない。
蘭先輩の索敵スキルは低レベルの探索者では考えられない精度で広く周囲を把握できる。
その結果として、3層には三校がほぼ同時に入ったが、どんどん帝都大は正法大と享保大を引き離していく。
会場のスクリーンにその様子が映ると、帝都大の応援団から歓声が上がった。
「三条さん、帝都大がリードを広げていますね。」
「ええ、これは驚きました。どうやら帝都大には新人戦では考えられないレベルの索敵をできる選手がいるようです。」
司会者が資料を見ながら話す。
「七音のメンバー表を見ますと、二年生の風波選手がレアジョブの斥候を持っていますから、索敵を担当していると思われます。」
「そうですか。これまで名前があまり知られていませんでしたが、風波選手は将来が期待できますよ。きっとトップ探索者の1人になると思います。」
七音は早くも階段に達し、4層に入った。
「帝都大の七音はもう4層に入りました。享保の「ブラン・シュバリエ」と正法のビューティ&ガイズ」を大きく引き離しています。これは予想外の展開です。」
4層に入っても七音は蘭先輩の索敵魔法のおかげでルート取りに迷うことはない。
ゴブリンの大きな集団は避けながら、4、5匹のグループなら避けずに蹴散らしていく。
だが4層には、もう一種類の魔物が出る。
宗人たちがゴブリンと戦っているとき、その魔物が現れた。
会場の司会ブースで複数のモニターを見ていた解説の三条さんがそのことに気づいた。
「これは!七音の後方に大きなファングボアが現れたようです。前方のゴブリンと戦っている最中ですから、挟み撃ちになります!」
「何と挟み撃ちですか。パーティの後衛は近接戦闘が苦手ですから、これは大変ですね。」
「はい、ファングボアの突進は大ダメージにつながります。ゴブリンとファングボアは連携などしませんから、これは不運です。七音はここまで独走してきましたが、ピンチです。」
会場の大スクリーンにも、巨体のファングボアが七音に迫るシーンが映し出された。
Dフェアリーズも心配そうに見つめる。
盛り上がっていた会場も静かになった。
そのとき、ファングボアの接近には蘭先輩も気付いていたが、特に慌てていなかった。
「後ろからファングボアが一頭。顕続、よろ。」
「了解。みんな怪我をしないから僕はやることが無かったけど、ようやく出番かな。」
顕続先輩は腕をぐるりと回すと、杖から剣に持ち替えて、後ろから突っ込んでくるファングボアを迎え撃つ。
「少し手伝う。」
蘭先輩がナイフを投げると、ファングボアの目のすぐ上に命中し、片目は出血のせいで見えなくなる。
ファングボアのスピードは少し遅くなったが、それでも顕続を目指して突進してくる。
ファングボアがぎりぎりまで近づいたところで顕続先輩は素早いステップを踏み、出血で見えない目のほうに動くと、すれ違いざまに剣を摺り上げた。
「プギャー!」
悲鳴を上げると、ファングボアはどうっと倒れた。顕続の剣は見事にファングボアの首の動脈を切っていた。
大スクリーンにもファングボアが倒れた姿が映し出され、会場は大歓声に包まれた。
Dフェアリーズも「やったー!」と拳を突き上げる。
「えぇ!今映ったあの人もヤバくない⁉」
「優しそうなのに、剣を振るときは鋭い表情になるギャップが良いよね。」
「七音って、イケメン揃い!」
女子を中心に会場は盛り上がっているが、司会者と解説者は固まっていた。
「三条さん、今のは何だったんでしょう?」
「ええ、私も目を疑いました。後衛が一撃でファングボアを倒しましたね。」
「杼口選手は治癒士のはずですが…」
「まるで前衛のような剣さばきでしたね。」
「私は何年も新人生の司会をしていますが、こんなに剣の使える治癒士は見たことがありません。」
「そうですね、本当に驚きです。実は七音は新入生二人が入る前はたった3人で探索していたようなのですが、3人パーティで汐留ダンジョンの下の階にいたという噂もありました。」
「上級生ならともかく、一年生だけの3人パーティが汐留の深いところを探索するというのは聞いたことがありませんね。」
「そのとおりです。私もデマの
「そこに新人戦の個人戦優勝の鷹羽選手が加わり、レアジョブである騎士の伊達選手も加わったのですから、強いわけですね。」
そのうちに享保大と正法大のパーティも4層に入ってきた。どちらも全力を尽くして前に進んでいる。
団体戦も終盤となり、特設会場の大スクリーンはゴール地点のカメラから撮った画面に切り替わった。
「さあ、ゴールに最初に到達するのはどの大学のパーティでしょうか。」
ゴールに近づくパーティの姿が次第に大きくなってくる。
まだ顔は見えないが、前衛が抱えている盾に刻まれた校章が見えてきた。
「前衛の選手の持つ盾の校章は………
会場がどよめき、T大の応援席から大きな歓声が上がる。
「まだ二位のパーティは姿が見えません。これは驚きました。帝都大学の七音が、ぶっちぎりの一位です!」
七音のメンバーははゴール地点に着き、スタッフから優勝したと教えられると笑顔になった。
美邦先輩と蘭先輩はハイタッチをした。
宗人と透士は拳を合わせ、顕続先輩は二人をまとめてハグした。
「キャー!」
「ギャー!」
「イケメンのハグ……尊過ぎる!」
「それな~」
会場の女子は激しく盛り上がった。
表彰式では、3位の「ブラン・シュバリエ」が登場し、続いて2位の「ビューティ&ガイズ」も表彰台に上がった。
享保と正法の応援席から歓声が上がる。
「今年の関東ダンジョン学生連盟新人戦、団体戦の栄えある一位は、帝都大の七音です!」
七音のメンバーが表彰台に上がると、会場から大歓声が上がった。
表彰台から降りて帝都大の応援席に向かっていくと、多くの人が祝福してくれた。
「おめでとうございますー!」
Dフェアリーズも中継席を降りて駆け付けた。
「良くやった。団体戦でぶっちぎりの優勝とは、期待以上の活躍だ。」
普段はあまり顔を見せない帝都大の津田部長も七音を褒めて、一人一人と握手をした。
部長の津田桜は小柄だが意思の強さを瞳に秘めていて、存在感のある人だった。
「うん、君たちなら新しい時代を切り開いてくれるんじゃないか、そんな期待をしてるよ」
その日は、七音は大学の近くの居酒屋で打ち上げをした。
「みんなジョッキは持ったか?」
美邦先輩の呼びかけにみんなジョッキを掲げてみせる。
「新人戦優勝を祝して、乾杯!」
「「かんぱーい!!」」
「いやあ、まさか僕らが新人戦で勝てるなんて思ってなかったよ。これも一年生二人のお陰だよ。」
「いえ、先輩たちがパワーレベリングしてくれたから今の俺はあります。」
「透士の言うとおりです。俺が個人戦を勝てたのは先輩たちのおかげです。」
「可愛いこと言ってくれるね、この~。」
美邦先輩が二人を抱きしめたので、二人とも驚いて顔を赤くした。
蘭先輩は一人静かにジョッキを傾けている。
「目立たずに暮らすはずが、目立ってしまった。」
「蘭は新人戦に出ないほうが良かったかい?」
「ううん。不思議と嫌じゃなかったよ、顕続。こんな明るい飲み会に自分がいるのはおかしな感じだけど、悪くない気もする。」
「それは良かった。」
「蘭、顕続、飲んでるかー。」
美邦先輩がお代わりのジョッキを持ってきて二人に押し付ける。
蘭先輩と顕続先輩は苦笑しながら、受け取ってジョッキを美邦と合わせた。
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