家路より②
「あー、お腹すいたあ」
リアルに戻ってきた茜の第一声はそれだった。
クダラノと現実では睡眠や食欲といったものは切り離されているから、こっちの世界で腹が減ったとしてもそれは当然だ。
しかしログアウト前にあんだけパスタを食ったのによく言えるもんだと軽く引いた。
「何か食べに行く?」
「久しぶりにナオヤさんのお店とかよくない?」
そんな会話を聞き流しながら、俺は彼女達と一緒に廣花の部屋を出た。
時刻は23時半。
昼間に食べたカレーがこっちでの最後の食事だ。
帰ったら何か食べないと。
冷蔵庫に食い物あったけな。コンビニでカップ麺でも買って行くかな。
そんなことを考えながら、自分の家に向かう道を曲がろうとしたら。
「ちょっと、どこいくの」
背後から体を引っ張られて、危うく 素っ転びそうになった。
「何すんだよっ」
振り向くと、俺のシャツを握ったままの廣花がこちらを睨んでいる。
「お店、こっちだから」
そう指さすのは、俺の帰り道とは反対方向。
「は?」
「なに勝手に帰ろうとしてんの」
顔をしかめるものの、逆に茜からも文句のようなことを言われてしまう。
それは、俺も食事に行くメンバーに入ってるということか?
「ほら、みんな早く行くよー」
一番前を歩いていた碧子が当然のように言うから、帰るとは何となく言い出せず。
それに、ここで断りでもしたら どうせギャーギャー責められるだろうな。
これは不可抗力というやつだ。
「分かったよ、仕方ないな」
俺は大袈裟にため息をつきながら、信号機トリオに従い街の方向へと足を向けていた。
輝くネオン、鳴り響く音楽、何故かテンションが高い若者達。
やっぱり来なければ良かった……と、繁華街に到着してすぐさま俺は後悔した。
なんで夜にこんな大勢が出歩いてるんだ、みんな元気すぎだろ。
行き交う派手な服と髪色の人々に俺は既に精神力を奪われつつある。
ちなみに、3人は未成年がこんな時間にウロウロして怒られないのかと思ったが。
茜の家は放任主義、廣花は常に両親不在、碧子は剣道の夜間練習や塾で帰りが遅くなることが多いので気にされないのだとか。
俺に至ってはここ数日家族の顔を見てもいないので言わずもがなだ。
「亜汰流なにしてんの。こっちだよ」
前を歩く背中は、慣れた様子で深夜の街を泳ぐように進んでゆく。
「へいへい」
再び ため息をつきながら、その後を追おうとした時。
「いてっ」
歩道の左側から歩いてきた男と俺は肩をぶつけた。
「すみませ……って」
反射的に謝ったものの、顔を上げるとその相手は見覚えのある奴等。
小林、竹内、木暮の3人組だった。
同じ地域に住んでいるとはいえ、なんて嫌な奇遇だ……。
「お前」
向こうも俺に気づいたのか、視線が瞬間的に敵意のこもったものへと変わる。
ついさっき、ゲームの中とはいえあんな殺し合いを演じた後なのだから当然だろう。
「亜汰流、どうしたの?」
立ち止まった俺に、3人娘が歩み寄って来た。
「あ」
特にあの場にいた碧子には会わせないほうが良いんじゃないかと思ったが、その時には遅い。
互いの3人組は、歩道の交わる場で顔を合わせてしまっていた。
「おー、お前らもいたのか」
しかし、さっきまでの態度とは打って変り碧子に卑屈とでもいうような愛想笑いを浮かべる小林。
「俺ら これからカラオケ行くんだけど一緒に」
「行くか、死ね」
竹内が言いかけた誘いは、茜にバッサリ切り捨てられた。
そういえば、パスタを食べている時ミドリコが散々こいつらの悪行を他の2人にも聞かせていた。
「えー、いいじゃん。
「あんたらに、お前って呼ばれる筋合いないんだけど」
それでも追いすがってこようとする奴等を、廣花が得意の
「そんなあ」
情けない声を出した小林達は本気で落ち込んでいるようだった。
この華やかな街は、本来 彼女達の
クダラノでは経験者と初心者だった立場が、今はカースト上位のギャルとカースト下位のモブに入れ替わる。
ホームアウェイのように、人は置かれた環境によって態度や実力が左右されるもの。
あんな脅迫じみたことをした、ある意味 そのしっぺ返しをくらったというところだろう。
「こんなの放っておいて、早く行こう」
くるりを背を向けてしまった3人娘の背中を追い、俺もその場を離れようとしたが。
「おい、女の尻について いい気になってんじゃねえぞ」
かけられた低い声にはっと後ろを振り返った。
そこには、俺を睨みつける小林達の憎悪に燃える顔が街の光に浮かび上がっている。
クラスでのこいつらは、少なくともこんな目をする人間じゃなかった。
クダラノの感覚が現実にまで影響を及ぼしてしまっているのだろうか。
そんな想像に、つい背中にぞっとしたものを感じた。
「亜汰流、どうしたの?」
「あ、ああ」
呼ばれた声に答えながら、小林達に背中を向ける。
そんなの、気にしすぎに決まっている……。
俺を待つ碧子、廣花、茜の向こう側には、闇を背にした街の灯りが毒々しく輝いていた。
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