正しい遊び方⑤

「フユウ」


もう、これが杖が持つ力の限界。


だから最後の1回となる呪文を、俺は口にした。


「バーカ」

「それは無駄だって言ってんだろ!」


上昇の負荷ふかを受けつつも、3人は嬉しそうに にやつく。


けれど。


「……え?」


勢いよく舞い上がる奴等の頭上には、俺がさっき飛ばした無数の岩がとどめられている。


もう魔法は使えない。


だから、この岩を浮かせているフユウを解くだけでいい。


「う、うわあぁあっ」


その意味に気づいた小林が悲鳴を上げる。


「落ちろ」


下から上昇するあいつ等と、上から重力に従って落下する岩。


どちらか片方だけなら、レベル20以上のプレイヤーを倒すほどの威力なんてない。


しかし、その効果が相乗そうじょうしたとすれば。


降り注ぐ岩の雨に撃たれ、体中を穴だらけにされ まず動けなくなったのは竹内だった。


『HP残量なし。プレイヤー“竹内”、強制ログアウト』


どこからともなく、聞き慣れた天の声が響き渡る。


「ぎ、ぎゃああっ」


続いて頭部を砕かれた木暮の体が地面に叩きつけられる。


「く、くそっ! 覚えてろよ……っ」


小林に至っては、残った首だけが俺を睨みつけながら岩の上へと転がっていった。


『HP残量なし。プレイヤー“木暮”、強制ログアウト』

『HP残量なし。プレイヤー“小林”、強制ログアウト』


そうして、辺りはふいに静かになった。


コツンコツンとまだ小さい石が空から降ってくる以外は、音をたてるものはない。


目の前には落ちた岩と、小林達の無残なアバターの亡骸なきがらだけが転がっている。


地上に下り、その光景を見渡し一つ息を吐いた俺は……


ああ、やっちまった!


我に返り、今にでもこの場から逃げ出したい衝動にかられていた。


俺の馬鹿野郎! ちょっと挑発されたからって、たかがレベル25弱の奴等に何やってるんだ。


そして何より、こんな姿をミドリコに見られてしまった。


突然の豹変ひょうへんにドン引きされたに違いない……。


そう文字通り頭をかかえていた俺の肩に


「大丈夫?」


予想外の柔らかい手が触れた。


「え?」


振り返ると、心配そうなあおい瞳がこちらをじっと見つめている。


「はい」


そして、啞然とする俺にスッとハンカチが差し出される。


「……あ、ああ」


普通なら、こんな状況に何かしら悪い感情を抱くものじゃないのか?


ミドリコの心情が分からず、何となく無言でその場に立ち尽くしていた俺達だったが。


「ありがとうね」


しばらくの沈黙の後、彼女はそんなことをポツリと言った。


……え、何がだ?


今までの流れ的に、お礼を言われるようなことは一つもなかったはず。


何と答えて良いか分からず黙り込んでいる俺に


「その、私が馬鹿にされたから怒ってくれたんでしょ?」


うついたままの少し赤い顔は、そう言った。


ああ。と少し考えてから俺はその意味を理解した。


確かに俺は小林達が女性を馬鹿にしたことに激怒して、それがきっかけで こんな状況になった。


彼女からすれば、それが自分のことだと捉えても不思議はない。というか、それが自然だ。


……けれど俺が許せなかったのは、本当はそこにインティの顔を思い浮かべていたからだった。


No2ランカーにして、俺の次にこのクダラノワールドにやって来た人。


俺なんかよりずっと大人で思慮深く、いつもその心は優しく正しかった。


あいつらはクダラノは男が作ったと言い放ったが、それは間違いだ。


インティという女性がいなければ、今のこの世界は絶対に成り立っていない。


……まして初恋の女性を悪く言われ、引き下がることが出来るだろうか。


「ミドリコが気にすることじゃない」


だけど、ここでそんな話をする訳にもいかず。


心苦しさはあったけれど、結局 俺は肯定も否定もしない卑怯な方法を選んだ。


「……えっと、そろそろ帰ろうか?」


何となく気まずくなってしまった雰囲気を紛らすようにミドリコが呟く。


「ああ」


ふと目に入った、散らばったままの小林達のアバターをどうしようか迷った。


通常のPvPなら、勝ったほうが負けたプレイヤーのアバターを回収してやるなんてのも武士道・騎士道精神の形として全然ある話だ。


だが、まあ俺の知ったことじゃないしと思い直し、その場を後にした。



 「改めて、やっぱりアタルってすごいね」


レベル1エリアからトリアエズの町へ帰る長閑のどかな道を並んで歩いていると、ミドリコがそんなことを呟く。


確かにレベル0のプレイヤーがレベル20以上に勝つというのは本来なら無理筋な出来事。


ここできちんと誤魔化しておかないと俺が経験者だという事実がバレてしまうかもしれない。


「……実はさ、授業でログインした後、こっそり一人で潜って練習してたんだよな。あと、たまたま見た攻略サイトにさっきの戦い方が載ってただけで」

「それでもすごいよ」


普段は抜かりなく物事を見ているミドリコが、今は無条件に俺を信用してくれている。


俺が自分をかばてくれたと思う心理が、彼女をそうさせているのだろうか。


だが実際、レベル0のプレイヤーとレベル5の杖で戦うというのは無謀に近い。


アマテラスとしての俺の知識、経験、度胸、状況判断が噛み合って可能になった、自分でいうのも何だが神業みたいなものだ。

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