正しい遊び方①


 しかし、いざ冒険だ! バトルだ! となっても、どこから話せば良いのか俺にはいまいち見当がつかなかった。


前述した通り、俺がクダラノを始めたのはまだルールもシステムも今のように整ってなどいなかった時代。


全て手探りで、自由度といえば聞こえはいいが所謂いわゆる 無法地帯の中、アマテラスとしてこのゲームの世界を生き抜いてきた。


適当なことを言えば、さっきの痛覚の時みたいにまた大恥をかくことになるのは間違いない。


そしてさといミドリコのことだ。俺が理にかなわないことをすれば、すぐに指摘されてしまうだろう。


 「ここがレベル1エリアなのね」


辿りついた(といっても20分ほどの距離だが)新エリアを、そのミドリコのあおい目が見渡している。


「ああ。レベル0エリアからは徒歩で来れるから、初心者がレベルアップ作業をするには最適な場所なんだ。……らしい」


実際、レベル0ではほぼ登場しなかったモンスターもこちらになるとチラホラ姿をみせるようになる。


初心者でもギリ倒せるくらいの強さなので、クダラノを始めたばかりのプレイヤーはトリアエズの町とこのエリアをしばらく行き来するのが大抵のルーティンとなる。


「そもそもなんだけど」


振袖とミニ丈の袴というコスチュームのミドリコが、太陽が照りつける岩場の真ん中で俺を振り返る。


「クダラノで遊ぶって、どうこうこと?」


その質問は、長いことクダラノにどっぷり浸かってしまった俺にとってはある意味 哲学であった。


しかし、全く予備知識のないミドリコからすればもっともな疑問だろう。


「そうだなあ」


顎に手を当て、しばし考え込む。


ちなみに、俺の手にはあの紫の石をはめこんだ木杖。ミドリコの手には青い装丁の細身の刀が握られている。


どちらも、あの武器屋のオヤジから好意でいただいたやつだ。


「大きく分けると、本来のゲームを楽しむプレイヤーと、それ以外を楽しむプレイヤーに分かれることになる」

「それ以外っていうのは、さっきのヒロカやアカネみたいなことだよね?」


その通り。本来のゲームの趣旨しゅしとはズレるものの、家を作る、料理をする、受付のバイト、誰かを手伝う、どれも今ではクダラノを構築するうえで重要な仕事だ。


「で、本来のゲームっていうのは、簡単に言うとクダラノの中を冒険しながら出てくるモンスターを倒すこと。新しいエリアに進出してモンスターを倒すには、レベルを上げたり魔法を覚えたり強くなる必要がある」

「RPGみたいなストーリーはないの?」

「ああ、それはクダラノにはない。むしろ、だからこそ難しく面白くもある」


そんな説明では、当然ながらミドリコは首を傾げていた。


「現実の世界と同じなんだ。別に俺達は毎日誰かが書いたシナリオで生きてる訳じゃない。ここでも沿うべきストーリーがなくても、誰かに頼まれ事をしたり、謎の残る古代遺跡があったり、弱点の分からんモンスターが出現したりする」


そこまで言うと、彼女もピンときたようだ。


「あのレプティリアンみたいな?」

「そう。あいつは別にストーリーによって現れた訳じゃないけど、あれはあれで楽しかっただろ?」


まあ楽しくはないけど。と苦笑したものの、俺の言いたいことをミドリコは理解してくれたらしい。


「あとは魔法のこととか、ジョブのこととか、武器防具のこととか……。色々あるけど、それは追い追いでいいと思う」


理論だけを話したって、面白くなければ人は頭には入ってこないものだ。


そんな会話をしていると、俺達の前方をふっと横切る影があった。


「お、ちょうどいい」

「何が?」


呟いた俺につられて、ミドリコも100mほど先の岩の連なる場所へと目をこらす。


「あそこにモンスターがいた」

「え?」


形態までは分からなかったが、小型のレベルの低そうなやつだ。


「あれを倒してみなよ」


普通、女の子ならここで「無理」とか「怖い」と言いそうなものだが


「倒せばいいのね、分かった」


そこのところミドリコはあっさりと刀を構えた。


やっぱり普段の慣れというものは大きい。


「一応聞くけど、もし私がやられたらどうなるの?」


静かにモンスターへと近づきながら、前を行く背中が小さな声で聞いてくる。


「HPが0になった時点でクダラノ内では“死亡”と判断され行動不能、強制ログアウトになる」

「この体……アバターはどうなるの?」

「死んだ場所に置きっぱなしだ。次にログインした時は、その場所からまたスタートとなる」


クダラノ内には、放置されたアバターを回収して回るのを生業なりわいにしてるプレイヤーなんてのもいたりするくらいだ。


「もしミドリコが負けたら、アバターは俺が回収してやるから安心……」

「大丈夫」


一応の親切で言った言葉は、やけに自信ありげな笑みにさえぎられた。


「私、勝ってみせるから」

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