魔女嫌いの人間
大枝しお
第1話 魔女アナベル
その魔女は森が好きだった。
好き──というのは色々な類があるもので。友情を孕んだ好意、恋に焦がれた好意、博愛から来る純粋な好意など、その形は様々だ。
ここに、その魔女はいた。
「──────」
彼女の名はアナベル。この森で佇む唯一の魔女にして、森を愛するもの。
木の葉の隙間から覗く陽光は雨のように彼女を照らし、一度風に揺られればざあざあと音を立てて森は謳う。
隆起した太い木の根に腰掛ける彼女はもはや森の一部と化していた。この森に彼女がいるのは当たり前と、森自身が心を許している。
──シルクのような純白の長い髪。背中を覆うその髪と同じ色を持つ瞳。垂れ目は穏やかさと柔らかさを演出し、佇まいは優雅でありながら厳か。
白い布で上手く身を包み、露出を控えている。手首の先、足首より下、首から胸元までが外の空気に晒されているが、それ以外は布が隠してしまっている。だが白一辺倒ではなく、布の切れ端を留める金具は金色で出来ており、華やかさも失っていない。
裸の足を閉じ、手を重ねて膝に乗せ、背筋を伸ばして自然に身を任せて目を瞑る彼女は、見た者に女神様という印象を抱かせるだろう。
女神もとい神とは、西暦以前の神代の主。奇跡すら必要としない、最高峰の神秘。
その、偉大な存在に間違われると言う事はこの上ない光栄な事であるが、と同時にもしこの場に神がいたら怒りのあまり世界を掻き乱してしまうだろう。
────このような魔女のどこが、
「…………おや、今日は天気がいいのね。うん、心地いいわ」
彼女は生まれてからずっと一人だった。記憶には親の姿はない。あるのは森の緑と愛おしい動物達だけ。けれど、寂しくはなかった。
得るものもなければ失うものも無かったから。
価値観も記憶も変動しなかった彼女にとって、寂しさなど知る由もない。
ざあざあと、絶えず森が鳴いている。
きらきらと、日光が降り注いでいる。
外の世界を知らない彼女にとって、この音この光だけが全て。今は西暦が始まったばかりのコトであるなど、もちろん知らない。
木々と同じように、彼女は時間を過ぎていくのを無自覚なまま眺めているだけだった。
「………………?」
────この日、までは。
ガサガサと、森が蠢動する音とは違う音色がアナベルの耳に届く。知らない音に違和感を覚えて、ついにその瞼は開いた。
やがてその音は次第に強まり、明確に何かが近づいてくるのが分かる。警戒も恐怖もしないアナベルは無感動にその様子を見つめている。取るに足らない出来事かもしれないが、好奇心をくすぐられてしまったのだ。ならばその正体を確かめねばなるまい。
そうして、音の正体は呆気なく姿を現した。
「……おねえちゃん。だぁれ?」
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