5.正しい日本語とは何か
職場にちょっと意地悪な先輩社員がいる。ちょっとお馬鹿な後輩社員もいる。
そして「円滑な人間関係」の構築のために先輩は後輩をいじったり講釈をたれたりする。
日本の中のどこにでもある光景である。
さて、タイトルの件である。
この先輩がどうにも「日本語」にうるさい人で、度々後輩の言葉遣いを注意する。
それを普段私は聞こえないふりをして聞き流しているし、まぁ、実際後輩の為になる訂正もあったりするので必要悪なのかなぐらいに捉えていた。
しかし、会議中となれば話は別である。
部内の会議など普段から雑談が多くて無駄が多いのだが、そういう状況にかまけてか先輩は度々大演説を始めるのである。
その日、後輩は重複を「じゅうふく」と発音した。
これが先輩の逆鱗に触れたらしく、「おい、違うぞ!」と始まってしまった。
先輩曰く、
「それはちょうふくと読むんだ。客先でじゅうふくと読んだら恥をかくぞ」
「いいか、重複は複数に重なっているからちょうふくなんだ」
「重という字はな、重いときはじゅう、重なるときはちょうと読むんだ」
「客はこういうところでこちらの知能を図ってくるからな、気をつけろ」
これにムッとしたのか、よせばいいのに後輩が反論する。曰く、
「でも辞書にもじゅうふくでもいいと書いてありました。実際パソコンだとじゅうふくでも漢字変換できます」
ああ、後輩よ、なんてことを言うんだ。それ見ろ、先輩は手ぐすねを引いてお前が言い終わるのを待っているぞ。
「お前は馬鹿か?(ストレートパワハラ)それは誤読する人間が多いから仕方なくそういう表記も認めているんだ。でも違いがわかる大人は誤読している人間を内心馬鹿にしているぞ。俺はお前が馬鹿にされては可哀想だからと・・・」
それみたことか。先輩のハートに火を付けてしまったぞ。
そんなこんなで講釈は日本語の正しさを守る大切さなどにも飛び火し、会議は行き先不明の延長戦に突入。
急いで処理しなければならない案件がある私は我慢の限界を迎え、とうとうブチギレてしまった。我曰く、
「先輩、お言葉ですが、重なる場合の音読みはちょうとするなら、先輩は重箱をちょうばこと読むのですか?五重塔はごちょうのとうですか?違いますよね?重箱は重い箱ではなく重なった箱です。でもじゅうばこと読む。五重塔も五つの重い塔ではなくて五層の塔ですが、ごじゅうのとうと読みます。日本語には読み癖というものがあり、これは言葉の正しさよりも大勢にとっての発音し易さが重視されているんです」
これに先輩は大激怒、徹底抗戦の構え。
良かろう、今日ははっきり白黒付けたほうが早く終わりそうだ。
先輩曰く、
「そりゃお前、そういう特殊な読み方もあるかも知れないけど、重複はまだちょうふくって正しい読み方が残っているんだ。じゅうふくの方が発音し易すかったとしても、正しい読み方がまだ残っているならそっちを守るべきなんじゃないか?」
我曰く、
「守るべき正しい日本語ってなんですか?言葉は変化するものなのです。例えば新しいは昔はあらたしいと発音しました。なら先輩はなぜ新しいをあらたしいと言わないんです?」
先輩曰く、
「いや、だからそれはとうに言わなくなってしまった古語だろう。重複はまだちょうふくが残っているんだから守るべきだ」
我曰く、
「でもあらたしいと発音していた日本人からしたら、あたらしいは正しい日本語ではないですよ。このように時代時代によって日本語は変化しています。先輩は正しい日本語と仰りますが、一体どの時点の日本語をオリジンとして正しいと定義するつもりなんですか?」
先輩曰く、
「それは今だよ、今」
我曰く、
「今は永遠ではありません。今の日本語が過去の日本人から見れば正しい日本語ではないように、未来の日本人から見れば今の日本語も正しい日本語ではないのです。先輩が過去の日本語を正しい日本語としないのであれば、当然現在の日本語も未来へ向かって変化している事を肯定せねばなりません。そうしないのであればダブルスタンダードになってしまいます」
先輩曰く、
「こうるせえ事言うなよ。要は教養の問題だよ。学があるかないかの問題だろうが」
我曰く、
「泥鰌という魚がいますね。これを江戸時代の人はどぜうと表記しました。今でも駒形橋辺りに行けばどぜう鍋と表記した店が数件ありますね。でも泥鰌の正しい歴史的仮名遣いはどぢゃうなんです。先輩はこれを以って江戸時代の人が無教養だと思いますか?」
先輩曰く、
「おう、もういいわ。話も脱線してしまったし、議題もないな。会議は終わりだ」
ふう、やれやれだぜ。
こうして無駄な会議は突如幕を閉じた。
ちなみに、先輩は句読点を「くどくてん」と読んでいるのであるが、誰も指摘しない。
ナニソレ?誰か口説いているの?
終わり!
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