花は咲く、虹のように夢のように

芳乃 玖志

暗闇の中で咲く花

 ノワーフロルという花がある。

 夜にだけ咲く黒い花で、その特性上見つけることが非常に困難な花だ。

 だが、咲いている姿はまるでオニキスのように繊細で上品な美しさがあり、好事家の間では非常に高額で取引されているという。


「そんな花が、本当にこの山にあるの?」


 時刻はまだ昼過ぎ。私は友人の夢咲ゆめさきに誘われて山を登っていた。


「確かな情報だよシエルちゃん!私のおじさんが見たって言ってたんだから!」


夢咲のおじさん、つまり植物研究科の夢咲教授のことだ。彼の言葉だというのなら一定の信頼は出来るだろうが。


「それで、おじさんはどこで見たって?」


「それは聞いてない!」


「おいっ」


 思わず先行する夢咲の首根っこを掴んで制止する。


「ぐえっ、苦しいよシエルちゃん」


「いやいや、この山の大きさ分かってる?そんな手がかりも無しに探して見つかるわけないじゃない!」


「あっはっは、大丈夫だって!とにかく上に登ろう!」


 相変わらず能天気な夢咲は、笑いながらドンドンと道なき道を先行していく。


「あっ、ちょっと待ちなさい!そもそも山登りにこんな軽装で来るなんて大丈夫だったの!?」


「大丈夫だって、もしもの時はおじさんが迎えに来てくれるから!」


 そんな言い合いをしながら登る事、二時間くらいだろうか。見事頂上に到着した。


「着いたー!いやぁ、空気が美味しいね」


「ぜー、はー、そうね。あんたはよくそんなに元気ね」


「よし、それじゃ野営の準備をしようか!」


 言うが早いか、夢咲はどこからか取り出したキャンプ用具をテキパキと組み立て始める。私も手伝った方が良いのだろうけど、とてもそんな体力は無かったので横で見学させてもらうことにした。


「はー、どこにそんな大量の道具を隠し持ってたのよ」


「おじさんに携帯型魔法収納袋を借りてきたんだ!勝手に!!」


「なるほど、無断拝借ね」


 まぁ、あの優しいおじさんならば笑って許してくれそうではあるが。


「よし、出来た。次は夕飯の準備だね!」


「ん、それくらいは手伝うわ」


 もう日は傾き始めている、手早く準備をした方が良いだろう。

 体力が回復してきた私は夢咲の手伝いをして、一緒に夕飯を作った。

 食材は、これも収納袋に入った野菜やお肉、保存食が主だ。

 味気ないそれらにひと手間加えて、美味しい料理にしていく。


「おお、さすがシエルちゃん。料理上手だね」


「褒めても何も出ないわよ。よし出来た」


 野菜の汁に家畜のお肉と絞った乳、そして香辛料を加えて作った簡単なシチューもどき、保存食のパンを焼いてガーリックで味付けしたトースト、メインの焼いただけのステーキをお皿に並べていく。


「ちょっと作りすぎたかしらね」


「大丈夫だよシエルちゃん、これくらいなら全部食べられるから」


 夢咲は今にもヨダレをたらしそうな勢いで目の前の料理を見ている。


「それじゃ、いただきましょうか」


「うん!いただきまーす!!」


 言うが早いか、夢咲はステーキを乗せたトーストをぱくりと一口。

 そしてゆっくり咀嚼すると、とても幸せそうな顔をした。


「うーん、美味しい!お肉が香ばしい!」


「結構いいお肉だったから、ほとんど味付けしないで素材の味をそのまま生かしてみたわ。口にあったなら何よりよ」


 言いながら、自分でも一口。美味しい、ちょっと肉厚に切りすぎたかと思ったけれど、それでも柔らかく噛み切れて本当に良いお肉だという事が実感できた。

 多分、これもおじさんからの無断拝借だろうけど、ごめんなさいおじさん。とても美味しいです、あとで謝るので今はお許しを。

 などと懺悔しながらシチューとステーキをお腹いっぱいになるまで食べてしまった。うん、シチューの味付けもちょっと濃くして正解だった、ステーキに負けない風味が出せているわ

 などと自画自賛しているころには、周りはすっかり暗くなっていた。


「よーし!お腹いっぱいだし、そろそろ……」


「えぇ、もう暗くなっているから寝ましょうか」


 美味しいご飯をたくさん食べたのと、登山の疲れから私はすでにいつでも眠れるぞモードに突入していた。


「ちょ、ちょっと待った!!この山に来た目的忘れてない?」


「目的……?」


 なんだったかしら、キャンプじゃないなら山に登ったのは……。


「あっ」


 危ない、本当に忘れるところだった。そうだ、この山にはノワーフロルを見に来たのだった。


「本当に忘れてたの?」


「そ、そんなわけ無いでしょう!ただ、お腹いっぱいだし疲れたからちょっと不覚を取っただけよ」


 ジトーっと見つめてくる視線をかわしながら必死に言い訳を紡ぐ。


「でも、今から夜の山を探索するのは危険じゃないかしら?魔物はさすがにいないだろうけど、野生の動物くらいはいるでしょう」


「ふっふっふ、問題ないよシエルちゃん。なぜなら!!」


 言って、私と夢咲の間に置かれていた光源を持ち上げて、周りに向ける。


「探す必要は無いから!!」


「わぁ……」


 いつのまにか周りに一面の黒い花。それが光を反射して夜の闇の中でさらに黒く綺麗に輝いていた。


「えっ、なんで、いつの間に?」


「綺麗でしょう?この山は、上の方がノワーフロルの群生地なんだって、こうして光を当てないと分からないから今まで知られてなかったらしいけど」


 そもそも、こうして山の頂上にまでわざわざ上って夜を迎える人が稀だ。となれば、今まで知られてこなかったのも分かる。


「でも、あんたさっきおじさんがどこで見たのかは知らないって」


「上の方で何処でも咲いてる。とは聞いたけど、おじさんが具体的にどこで咲いてるのを見たかは聞いてないから!」


「あぁ、そういう……」


 相変わらず言葉の足りない子だ。それでも、こんなに奇麗な黒の海を見せてくれたことには感謝しなければならないだろう。


「うん、確かにとってもきれい。ありがとうね夢咲」


「えへへ、どういたしましてだよシエルちゃん」


 目の前の黒い花畑にも負けない綺麗な笑顔を向けられて、少しだけ心臓が跳ねる。

 それを誤魔化すように、言葉を紡ぐ。


「さて、いつまでも見ていたいけれど、明日も早いのだからもう寝ましょうか。明日は朝一で山を下りておじさんに謝らないといけないしね」


「うへー、おじさん怒らないかな」


「ふふっ、さぁどうかしらね」


「うー、一緒に謝ってねシエルちゃん」


「えぇ、ここに連れてきてくれたお礼にそれくらいは付き合ってあげる」


 そんなたわいない会話をしながら、二人でテントの中に入っていくのだった。

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花は咲く、虹のように夢のように 芳乃 玖志 @yoshinokushi

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