第38話 麗しの声よりも

「どこ行こうかねぇ?」


「中央食堂でいいじゃん。」


安さが取り柄の学生食堂、この時間なら空いてきているはず。

食にこだわりのないアマリリスに対して、ジュリアンは渋る。


「え~~、学外そとで何か美味しいもの食べようよぉ。」


「じゃぁ、グラナット亭の海鮮焼き飯の気分かな。」


「いいけど、最近ムータン料理好きねぇ、姫。」


イチョウ並木をしばらく歩いて大学東門を出た界隈は、ジュリアンのように学内食堂には辟易し、

多少高くついても気の利いた昼食を摂りたい、という大学関係者御用達の飲食店がいくつもある。


そんな店のひとつ、ムータン料理屋グラナット亭は、もとより高級料理店の類ではないが、

豊富なメニューのいずれも、特に焼き飯料理は美味いと評判で、図書館職員たちの行きつけだった。

各々の席が、観葉植物を茂らせたパーティションで仕切られ、ちょっとした個室気分で寛げるのも嬉しい。


とはいえ壁とは呼べない枝葉の集まりに過ぎないわけで、隣席の会話は筒抜けだ。

会話の内容によっては声量に配慮する必要があることを、この日アマリリスとジュリアンは学んだ。


料理を注文して待っている間、隣の席から騒々しい男どもの声が聞こえてきた。

排架がどうの、今月の選書会議がどうのという会話から、図書館関係者ということはすぐに分かった。

オヤジの声なんてどれも同じように聞こえるが、いずれの声にも聞き覚えはなく、他部署の連中だろう。


否応もなく耳に入ってくる会話に、思いがけずアマリリスの名前が登場して、2人は顔を見合わせた。


「彼女は混血かなにかかね?」


「カラカシスのほうの出身だそうだ。

詳しくは知らないが、あちらの首長の娘さんだと聞いた。」


「顔立ちが異人風の印象も強いが、あそこまでの美人は鄙にも都にもそうそうお目にかかれぬな。

あんな御婦人が毎夜のお相手なら、俺ももう少し頑張るんだがなぁ。」


「さてはて、美人は三日で飽きる、という格言もあるが?」


「顔に飽きても、別の楽しみ方もあるだろう。

あの巨乳だ、なんとなら。。。」



下卑た男どもの猥談に、ジュリアンは怒りと羞恥で顔を真っ赤にして、今にも怒鳴り込んでいきそうな雰囲気だ。

当のアマリリスは冷やかなすまし顔で、むしろ微笑を浮かべながら彼女を制し、自分を巡る暑苦しい妄想に耳を傾けていた。

所詮は人間、有象無象が何人束になってもあたしの敵じゃねえわと思っているから、別に悪い気もしないというものだ。


ただ思うのは、


”ほんっとバカだねぇ、

男って。”


大学図書館、職場として身を置くとよく分かるが、

イメージよりも仕事はたくさんあるものの、それ以上に職員の人数がムダに多く、

アシスタントがあくせく走り回っている一方、年次が上の正職員オジサンたちは専ら自席でお茶でも飲みながら新聞を読んでいたりする。


そんな閑職どもが、目を楽しませる為だけの目的で若い女の子を何人も雇い入れ、寸暇を惜しんでこうして論評を戦わせ、

こういうことに関しては何て勤勉な人たちなんだろう。

その純粋なひたむきさは、時に愛おしくすら思えてくるほどだ。


「ここは一つ我らが期待の星、人生に絶望以外のものを残す独身貴族の意見を伺おうじゃないか。

ロペジア卿、貴兄が考える、その何だ、彼女の有効活用法を披露してくれたまえ。」


ロペジア?

その人物はアマリリスと背中合わせに座っているらしい。


「そうですねぇ。。」


落ち着いた、人の良さそうな声には心当たりがあった。


あの人か。

考査局の、正職員の中では若い、結構真面目に仕事してる人。

そういう人が、腹の底では一体どんなエロい妄想を温めているのか。

これはちょっと楽しみだ。


「声がいいですね、彼女は。」


アマリリスはピクリと片眉を上げ、僅かに背後を振り返った。

一同にとっても意外な答えだったらしい。


「声・・・ね。」


「素朴というか、特になまめかしい声ではなかったと記憶するが、

どこにツボったかね。」


「あの微妙な訛りが可愛らしいじゃないですか。

それに何ていうかな、、」


何ていうのよ!?そこ重要じゃん。


「きれいな高い声よりも、ああいうちょっと低めで飾らないしゃべり方のほうが、

その人の本心を語っているような気がするんですよ。」

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