第16話 箱入りの花々

アシスタントとして図書館で働く若い女性は、アマリリスもそうだが、どこかの学部の教授の娘など、大学関係者の縁故が多かった。


多くは高等女学校を卒業し、上流階級というわけではないが、収入のためにここに働きに来ているわけでもない。

学校を出て結婚するまでの間、社会の見聞を広める、ないしは職業人の身分を楽しむという位置づけで身を置いている。


給料は薄給の部類だが、苦労の少ない仕事であり、図書館の閉まる5時を待たずに解放される。

終業後に街で遊ぶための小遣いが稼げればいい、という箱入り娘たちにとっては、悪くない職場だった。


小遣いとしては充分な額が貰えるので、彼女たちの装いは絢爛ゴージャスには至らないにせよ華やか、

ファーベルに言わせたら”休みの日に遊びに行く服”とあまり変わらないんじゃないかな、というファッションの子も多い。

図書館という、数十年前はザラ、古いものでは数世紀を経た資料を取り扱う職場にあって彼女たちの華やかさは、

苔むした古城に咲く可憐な花を愛でるように歓迎されている向きがあった。


アマリリス自身はというと、いついつ結婚するまでの期間、という概念はなかったし、

職業に対するこれといったこだわりも思い入れもあるわけではなかった。


トワトワトとは違って都会では、人は何者かであることを求められる。

何者か、すなわち、大学教授であるか、役所勤めであるか、学生、あるいは主婦であるかといったことだ。

そういう属性のひとつとして、自分は図書館職員であるのだと思っていた。


けれども、図書館という事業活動に、当初のアマリリスには思いもよらなかった数多くの業務があるように、

造作もないと思える仕事も、いざ着手すると意外な奥深さがあり、新たな気づきを与えられるものだ。

逆に、手の施しようのない無理難題と思える仕事も、実際に取り組めば筋道が見え、印象とは違って十分に現実的な努力で解決できることも多いものだ。


そしていずれの仕事も、工夫の余地や、より着実で手間のかからない手法が見えてくることがある。

それでうまくいくと、アマリリスは迷宮探索の途上で宝を見つけた冒険者のような痛快さを感じる。

もっとも、宝箱かと思ったらとんだ魔物が潜んでいて、手痛い失敗に終わることも少なくないのだが、

宝物ゲットの愉悦のほうが大きくて、アマリリスは懲りずに新たな模索へと踏み込んでいくのだった。


そんなことに没頭しているうちに、時間は飛ぶように過ぎてゆき、

夕方、程よい疲労を感じはじめる頃には終業時間となる。


精神の集中から解放され、少しぼうっとする頭で職場を出るアマリリスは、

失敗の苦渋を噛みしめていることもあったが、たいていの日は晴れ晴れしい達成感で帰路についた。

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