第9話 セレブリャノエ=サズベジェ#1

ファーベルにつきあってもらって、”最低限の”身の回りのものを手に入れるつもりで買い物に出かけたアマリリスは、

早々に、クリプトメリアの箴言の意味を思い知ることになった。

まずは、目的地に向かうためにお金がかかる。


マグノリア大学にほど近い、坂道の途中にあるアパートから、坂を下ったところの通りに電動路面軌道、マグノリア市民の生活の足となっている市電の停留所がある。

運賃を払おうと、(何しろそれしか持ってないので)100ビフロスト札を出したら、車掌に呆れたような顔をされた。

ムムッとなったら、見かねたファーベルが小銭を出して払ってくれた。


「何かごめんね?」


「んーん、全然。

あとで回数券買おうか、出かける時はいつも使うから。」


移動に交通機関を利用すればコストが発生する、というのは既知の情報であり、

また、そうしようと思えば、セレブリャノエ=サズベジェ、これから向かうショッピング街は歩いて行くこともできる距離だが、

利用できる場合はお金を払って乗り物で移動する、というのが都会の常識であるらしい。


今回はファーベルが出してくれたし、クリプトメリアから貰った軍資金の総額からすれば微々たるものではあるが、

なにかする度に、呼吸をするようにお金が出ていくわけだ。


海沿いの低地に発展した都市の例に漏れず、マグノリアは水運の都の一面もある。

クリプトメリア宅のあたりは高台だが、市電に揺られて坂を下ってゆくと、大小の運河が目につくようになった。


ブロンズの彫刻がついた橋柱が高く聳える、立派な石造のアーチ橋、もっと簡素なトラス構造の鉄橋、といった橋をいくつか渡って、

市電はマグノリア有数の繁華街に入っていった。


よく晴れた休日とあって、通りは人でごった返している。

巨大なデパートから、一間のブティックまで、大中小さまざまな服飾店を中心に、雑貨店、宝石店、ショーウィンドウに絵画や彫刻を並べた美術商、といった、ありとあらゆる華美を取り揃えた店が隙間なく建ち並ぶ。

そして、いかにも格式高い店構えのレストランから、テラス席でコーヒーやパフェを楽しむカフェまで、さまざまな飲食店。

そんな眺めの街路が、行けども行けども切れ目なく続いている。


通りの角を過ぎるたび、店から人が出てくるたび、相手とぶつかりそうになってアマリリスはオロオロする。

ファーベルは、おっとりながら意外に慣れた足取りで、のほほんと人ごみをすり抜けてゆく。


目の前を横切る通行人をやり過ごすために、何度目かに足を止めたついでに、アマリリスは傍らのショーウィンドウのマネキンに目を止めた。


「あー、こんなの動きやすそう、でもって涼しそう。

イイんじゃない?」


「・・・これ??」


それは、ふくらはぎ丈の白いボトムスに、お臍が隠れるかどうかという丈のパステルオレンジのタンクトップ、

南洋の花柄をあしらったヒラヒラのサマーカーディガンを合わせ、足元はサンダルというコーディネートだった。


「それも買ってもいいと思うよ。

けど、お仕事に着ていく服を探しに来たんだよね?」


「うんっ。

・・・え、ダメ?」


「ダメだよぉw

だってこれ、休みの日におでかけするような、遊びの服だもん。」


「なるほどぉ?」


では、仕事に相応しい服装とは。


しばらく通行人を観察していたアマリリスは、人ごみを颯爽と闊歩してゆく女性に目を止め、

彼女が出てきた店の前で立ち止まった。


「じゃ、こっちにしようかなっ。」


視線の先にあったのは、胸元のがばっと開いた真っ赤なロングドレスに、スパンコールの縫い込まれた漆黒のボレロという組み合わせ。


「似合いそうだけど。。。

それは、違うお仕事のお姉さんたちの服だから。」


この街では、一口に服装店と言っても多様性がある、性別と年齢層、用途、予算、嗜好性、、といったパラメータで色づけがされていることに、やがてアマリリスも気づいた。

故郷ウィスタリアの街でも、小物屋のように事実上は若い娘しか立ち入らない店、そして男性向け、女性向けの服屋という大まかな分類はあった。

しかしこうも細分化されているというのは、多様な顧客と巨大な商業圏を持つ大都市ならではの事情だろう。

そして、仮に年配の御婦人が若い娘向けのアパレルショップで物をあがなっても、店員は止めはしないように、誰もあえて教えてはくれないから、

繁華さに目を奪われているだけのうちは、なかなかそういった事情には気づきにくい。


市電の乗りかた、人ごみの歩きかた、お店の選びかた、、

この先都会で暮らしていく上で、あたしはあとどれだけのことを覚えなければならないのだろう、と考えると軽く目眩めまいがした。

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