第11話 お前なんか、認めない

 その日の夕食の席――


「ハァ〜……疲れた……」


ヘンリーはため息をつきながら、フォークに刺した肉を口に運ぶ。彼の眼前にはすまし顔のジャンヌがフォークとナイフで肉を切り分けていた。


「全く、シケた女だ。笑顔もないし、可愛げもない。おまけにメガネで黒髪ひっつめ女なんて最悪だ」


「旦那様、全て聞こえておりますよ?」


ジャンヌは無表情のままナイフを皿の上に置いた。


「ああ、そうかい。聞こえるように言ってるんだから当然だ。大体俺は昨夜は一睡も寝てないんだよ。だから家に帰ったら昼寝をしようかと思っていたのに、仕事をさせやがって」


ヘンリーはワインの入ったグラスを煽るように飲み干した。


「そうですか。昨夜はそれほどお楽しみの夜だったようですね? ブロンド美女との一夜は楽しめましたか?」


「ゴフッ!」


ジャンヌの言葉に、危うくヘンリーはワインを吹き出しそうになった。


「お、お、お前……な、何故そのことを知っているんだ!?」


「知られていないと考えるほうがどうかと思いますが? 『イナカ』は全住民322人の小さな領地。経営されている酒場は2軒のみ。領民全員が顔見知りの状態で、知られるはず無いと考えている方がおかしいです」


「だ、だから何だって言うんだ!? 俺はお前なんか妻だと認めていない! 何処の女と遊ぼうが自由だろう!?」


「……これは驚きました。開き直りましたね……婚姻届にサインしたのは旦那様です。私を妻だと認めているよなうなものではありませんか?」


大げさに肩を竦めるジャンヌにヘンリーの苛立ちは増す。


「違う! あれは罠だ、策略だ! 親父の陰謀に巻き込まれたんだよ!」


そしてガタンと乱暴に席を立った。


「旦那様? どちらへ行かれるのですか? まだ食事は終わっておりませんが?」


「お前の顔なんか見てたら食欲だって失せるわ! 俺はもう休ませて貰う!」


大股でダイニングルームを出ていこうとする。


「そうですか、ではお休みになられたら私の寝室へお越し下さい。お待ちしておりますので」


「はぁ!? 何を待つって!?」


グルリと振り向くヘンリー。


「決まっているではありませんか? 私達は新婚夫婦なのですよ? 夜、寝室ですることと言えば一つです」


「何だって!? お前と夜の営みなんかするはずないだろう!? 冗談は鏡を見て言え!」


吐き捨てるように言うと、今度こそヘンリーは出ていってしまった。


「……」


1人になると、ジャンヌはスカートのポケットから小さな手帳を書くとメモし始めた。


「これで、また一つ報告する内容が増えたわね」


ジャンヌは妖艶な笑みを浮かべ、メガネをはずした――



その夜、言葉通りヘンリーがジャンヌの寝室を訪れることは無かった。



****


 翌日から、ヤケを起こしたヘンリーは一切の仕事を拒否した。いや、それどころかジャンヌを徹底的に無視することにした。


そこでジャンヌは一切の仕事を引き受け、食事は全て1人でとるようになった。


「ジャンヌ様……本当にヘンリー様に仕事を手伝っていただかなくて大丈夫なのですか?」 


書斎で仕事をしているヘンリーは心配そうにジャンヌに尋ねた。


「ええ、いいのです。本人のやる気が出なければ、領地経営の仕事など無理ですから。でも、どうか旦那様のお世話のボイコットはしないでくださいね? あの方は仮にもここ『イナカ』の領主なのですから。今は私のことも仕事も拒否されていますが、きっといつかは目が覚めてくれると信じています」


「うっ……な、なんて健気な奥様なのでしょう。分かりました! ヘンリー様のお世話は我々がきちんと行っておりますので心配なさらないで下さい」


「ええ。ありがとう」


ジャンヌは笑顔を見せると、再び仕事に没頭した。


やがて彼女の頑張りのおかげか、『イナカ』の暮らしは改善されていった。

その噂は近隣の村にも知れ渡り、『イナカ』に移り住む人々も増えていったのだった。

けれど、全ての仕事をボイコットしたヘンリーはそのような事実は知らない。


毎日毎日フラフラと出歩き、遊んで暮らす怠惰な生活をする彼には領地のことなど関係ない話だったからだ。



そんなある日。

ヘンリーとジャンヌの関係を揺るがす案件が勃発した――

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