第7話 すぐに仕事に取り掛かって下さい

「くそっ! 一体何だって言うんだよ……」


ヘンリーはイライラしながら書斎で仕事をしていたが、先程のことが思い出されて仕事にならなかった。


「あーっ! もうやってられるか!」


ヘンリーは窓際に置かれたラジオをつけると、音量を上げた。

ラジオからは彼の好きな音楽が流れている。

書類を放り投げ、ソファにドサリと寝転がった時。


「失礼いたします。旦那様。入りますね」


「はぁ!?」


ガバッとソファから起き上がると同時に、ジャンヌが部屋に入ってきた。


「おい! ノックもせずに勝手に部屋に入ってくるな!」


ヘンリーは押しかけ妻に遠慮するのをやめた。


「まぁ……随分と仕事がたまっているようですわね……それなのに、こんなところで寝そべって旦那様は一体何をされているのでしょう?」


ソファに座るヘンリーをジロリと睨みつけるジャンヌ。


「う、うるさい! 今少し休憩をしていただけだ! そのうちやろうと思っていたところだ。第一、ノックもせずに勝手に部屋に入ってくるなんて失礼だろう!?」


「いいえ、私は何度もノックいたしました。ですが、お返事が無いので部屋に入らせていただいたしだいです」


ジャンヌはツカツカと窓に近づいていく。


「お、おい? 何するんだ?」


しかし、ジャンヌはヘンリーの問いかけに答えずに無言でラジオのスイッチを切った。


プツッ


「これで静かになりましたわね?」


笑みを浮かべてジャンヌはヘンリーを見下ろす。


「勝手にラジオを切るなよ! 人がせっかく聞いていたのに!」


「こんな大音量でラジオを聞かれては仕事も身に入りませんし、ノックの音も聞こえませんよね? では休憩終了です。すぐに仕事に取り掛かって下さい」


「何で、お前に指図されないといけないんだよ!」


ついにヘンリーはジャンヌをお前呼ばわりした。しかし、彼女は一向に気にする気配を見せない。


「さ、時間は待ってくれないのですよ? サボっている間も仕事はたまっていくものです。私もお手伝いしますので仕事を開始しましょう」


「何? 仕事を手伝ってくれるのか?」


ヘンリーの態度が少し軟化する。


「ええ、当然です。私は妻ですよ? 領主の仕事を手伝うのは妻として当然の務めですから」


「そ、そうか? なら仕事を始めるか。だが、女の君に仕事ができるのか?」


何処か見下す態度をとるヘンリー。


「ええ。お任せ下さい。これでも私は短大を首席で卒業しておりますので」


「な、何だって? 短大を卒業しているのか?」


「ええ。私の身上書も手紙で送ってありますのに……本当に旦那様は何一つ目をとおされていなかったのですね」


クイッと眼鏡をあげるジャンヌ。


「う、うるさい。ならその才女ぶりを見せてもらおうじゃないか?」


「ええ。お任せ下さい」


ジャンヌは口元に笑みを浮かべた。




「いえ、こちらの書類はここが要点なのです。これは分類が違います。以前の記録は、こちらにファイリングされているではありませんか」


ジャンヌの自信は本物だった。

彼女は『イナカ』の領地経営の資料を見るのも初めてなのに、テキパキと仕事をこなしていく。

とてもではないが、ヘンリーは彼女の足元にも及ばなかった。



そして17時を迎えた頃――


「旦那様。お疲れ様でした、本日分の仕事は全て終了致しました」


「あ、ああ。そうだな」


しかし、ヘンリーはジャンヌの仕事の補佐をしただけに過ぎない。全ての仕事は彼女が片付けたのだ。


「しかし、君は女のくせになかなかやるな。少しは見直したぞ?」


自分のことを棚に上げて、偉ぶるヘンリー。


「ええ、これでも短大では経営学を学んでおりましたので。本当は大学まで進学したかったのですが、両親が……」


「あ〜別に、そんな話はしなくていい。俺は君に興味なんか一つもないんでね」


ブンブン手を振ってジャンヌの話を遮る。


「……そうですか。それではお話の続きは夕食の席で……」


「それも却下だな。折角仕事が片付いたんだ。久しぶりに酒でも飲みに行くつもりだ」


席を立つとヘンリーは鼻歌を歌いながら、上着を羽織った。


「でしたら、私も御一緒させて下さい」


スクッと立ち上がるジャンヌにヘンリーはギョッとなった。


「何だって!? じょ、冗談じゃない! 何で女連れで酒場に行かなきゃならないんだよ!」


「女ではありません。貴方の妻です、旦那様」


「妻とか、旦那様って言うんじゃない! 俺はお前なんか妻に認めていないんだからな? いいか、絶対についてくるなよ!」


ヘンリーはそれだけ言い残すと、逃げるように書斎を飛び出して行った。


その後姿をじっと見つめるジャンヌ。


「……これも記録しておいたほうがいいわね……」


誰もいなくなった部屋で、ジャンヌはポツリと呟くのだった――


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