第6話 押しかけ妻

「ちょ、ちょっと婚姻って……何を言っているのかさっぱり分かりません。いつ、俺があなたと婚姻したっていうんです?」


早速ボロが出たヘンリーは「私」から「俺」に変わっている。


「ええ、役所に婚姻届を提出して受理されましたから。ヘンリー様に確認していただくために、受理された婚姻届をお借りしてきています」


ジャンヌは持参してきたカバンから封筒を取り出し、中身を引き抜くとヘンリーの前においた。


「こちらになります」


「見せて下さい!」


ヘンリーはまるで書類をひったくるように取ると、じっと眺め……ブルブル体を震わせた。


「な、な、何だ……これは……?」


「ええ、ですから婚姻届けです」


「そんなことは聞いていません。こんなのは嘘だ、デタラメだ。勝手に書類をでっち上げないで頂けますか!」


バシンと婚姻届をテーブルに叩きつけるヘンリー。


「嘘でもデタラメでもでっち上げでもありません。この下のサインはヘンリー様のですよね?」


チョンチョンとジャンヌはサインに触れる。


「うぐっ! こ、これは……」


「はい、紛れもなくヘンリー様のサインで間違いありませんね」


背後から書類を覗き込んでマイクは頷く。


「い、一体いつの間に……」


ヘンリーは震えながら記憶を呼び起こし……ハッと気付いた。


「そ、そうか! 親父が失踪する数日前、大量の書類を押し付けてきたが……まさかその中にこの書類が紛れ込んでいたのか!? マイク! お前なら知っているだろう!?」


マイクを怒鳴りつけるヘンリー。


「さぁ? 私は何のことやらさっぱり分かりません。ですが、旦那さまは仰ったはずです。書類に目を通し、サインするようにと。ヘンリー様、勿論そのようにされていますよね?」


「も、勿論だ……とも……」


ヘンリーは青ざめながら返事をする。


「ならば、私との婚姻を了承したということで宜しいですわね。では早速私の部屋を案内して頂けますか?」


立ち上がるジャンヌを見てヘンリーは慌てた。


「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってくれ! ここで暮らすのか!? そんな話は聞いていなぞ! 大体……そう、部屋だって用意していない!」


「……先程からあなたは何を仰っているのですか?」


ジャンヌが眼鏡の奥から睨みつけてきた。


「な、何をって……?」


「わたしたちは結婚したのです。一緒に暮らすのは当然でしょう? それに手紙をだしておいたはずです。近い内にここへ嫁いでくるので部屋の用意をお願いしますと」


「手紙だって!? そんなものは……」


「ええ、領主様あてに手紙が何通も届いています。書斎の机の上に置かせていただいておりますが、残念ながらヘンリー様は1通も開封されておりませんが」


マイクが返答する。


「マイク! 手紙が来ていたなら口頭で言え! ただ置かれただけでは分からないだろう!?」


「いいえ、私は何度も何度も『ヘンリー様、お手紙が届いておりますので、目を通して下さい』と散々申し上げてきました。その度に『ああ、分かった』と返事をされていたではありませんか」


「そ、それは……」


マイクの言葉にヘンリーは思い返してみる。確かにそんな記憶があった気がしてきた。


「だ、だが、それは仕事が忙しくて……つい、うっかり返事をだな……」


そのとき。


「いい加減にして下さい!」


ピシャリとジャンヌが言い放ち、ヘンリーの肩がビクリと跳ねる。


「この際、手紙がどうのという話はもう結構です。重要なのは私が嫁いできたこと、そして自分の部屋を所望していることです。それで私の部屋はあるのですか? 無いのですか?」


「無い」

「あります」


マイクとヘンリーの声が同時に重なる。


「まぁ、お部屋はあるのですね? なら安心です」


ジャンヌが笑顔になった。


「はぁ!? 俺は今、無いと言ったんだぞ?」


「さ、若奥様。お部屋をご案内いたします。お荷物は私にお任せ下さい」


マイクがジャンヌの荷物を持つ。


「まぁ、ご親切にありがとうございます」


「おい! 2人だけで勝手に話を進めるな!」


部屋を出ていこうとする2人にヘンリーが抗議した。すると……。


「旦那様。お仕事がたまっていらっしゃるようですね? 私のことならお構いなく、仕事に戻って下さい。後ほどまた書斎にご挨拶に伺いますので。ではマイクさん。案内して頂けますか?」


「ジャンヌ様。もう私の名前を覚えてくださったのですね? では参りましょう」


「ええ」


「お、おい! 俺の話を聞け!」


ヘンリーは必死で声をかけるも、2人は振り返ることもなく部屋を出ていってしまった。


呆然とするヘンリーただ1人残して――

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