第3話 消えた父親

――翌朝


 放蕩息子のヘンリーは飲んだくれて、夜明け前に帰宅してきた。

そして太陽が真上に登る頃に激しく扉を叩く音で目が覚めた。


ドンドンドンッ!!


『ヘンリー様、起きて下さい!』


「う〜……」


初めはブランケットを被って、寝たフリをしていたが激しく扉を叩く音はやまない。


『ヘンリー様! 一大事です! 旦那様が大変なことに!』


「……え?」


ヘンリーはブランケットから顔を覗かせると、ベッドから起き上がった。


「親父がどうしたって?」


放蕩息子ヘンリーは父親のことを陰で「親父」と呼んでいる。

渋々ベッドから出ると、未だに激しく叩かれる扉へと向かった。


「うるさい! 静かにしろ!」


乱暴に扉を開けると、彼と同い年のフットマンが慌てた様子でまくし立てた。


「良かった、ヘンリー様。目覚められたのですね。それよりも大変です! 旦那様が書き置きを残して出ていかれてしまったのです! 勿論、ヘンリー様あてにも置き手紙がありました! こちらです!」


フットマンは懐から手紙を取り出すと、ヘンリーに差し出した。


「はぁ? 親父が出ていっただと? どうせ領地を回っているんじゃないか? 全く仕事熱心でつまらない男だぜ」


「そんなことを仰らずに、すぐに手紙をご覧になって下さい!」


手紙を持て余すヘンリーにフットマンは訴える。


「分かったよ。全く仕方ないな……部屋に戻ったら見るから、お前はもう下がれ」


シッシッと手で追い払う仕草に、フットマンはスゴスゴと去って行った。


「全く……朝から騒がしくてたまらん。それにしても何だ? 置き手紙って……仕方ないから読んでやるか」


ヘンリーは部屋に戻り、ドカッとソファに座ると早速手紙を開封した。



『ヘンリーよ。私はもう、働き疲れた。よって、今日限りで領主は引退する。後のことは頼んだぞ。 父より』


「……は?」


あまりにも短い手紙にヘンリーは固まってしまった。5分程、固まっていたが……ようやく頭が冴えてきた。


「いやいや。ちょっと待ってくれよ。何だよ、この短い手紙は。他に無いのか?」


小さな封筒を覗き込んでも、もう中は空っぽ。

たった2行にしかならない文章を何度も何度も読み返すヘンリー。


「……おい! ふざけるなよ!」


乱暴に立ち上がると、夜着のままだったヘンリーは急いで着替を始めた――



「父上っ!」


ノックもせずに書斎を開けると、いつもは気難しい顔で机に向かう父の姿はない。


「父上! ふざけていないで出てきて下さい!! 父上! くそっ! いないか!」


急いで書斎を飛び出すと、屋敷中を探し回ったが何処にもいない。

使用人の口を割らせようとしても、誰一人、知らぬ存ぜぬを繰り返すばかり。



――1時間後


「はぁ……はぁ……クソ親父め……」


肩で息を切らせてヘンリーは自室に戻り、扉を開けて悲鳴を上げた。


「うわぁああああ!! マ、マイク!! 驚かせるな! いつからそこにいたんだよ!」


「そうですね。かれこれ1時間近くになるでしょうか? お部屋の扉が開けっ放しでしたので中で待たせて頂いておりました」


窓を背にして立っていたマイクは淡々と返事をする。


「……何だって……いや! それよりマイク! お前なら父の居所を知っているだろう? 教えろ! 何処にいるんだ!」


「ヘンリー様。生憎私も存じ上げません。書き置きの内容通り、何処かへ出ていかれてしまったのでしょう」


「出ていかれてしまったのでしょうじゃない! お前は心配じゃないのか!?」


「ええ、心配です」


「そうか、なら俺と一緒に父の行方を……」


「領地の仕事が滞ってしまうのが一番心配です」


「……は?」


「さぁ、ヘンリー様。もう旦那様はいないのです。なので旦那様はもうこの世からいなくなってしまったと仮定して、今日からヘンリー様が『イナカ』の領主を務めなければなりません!」


「いやだ!! 何で俺が……!」


「問答無用です! さぁ! 仕事をするために書斎へ行って下さい。……いえ、行くのです。今すぐ!」


「わ、分かったよ! 行けばいいんだろう! 行けば!」


マイクの迫力に押されたヘンリーはヤケクソになって返事をすると、嫌々書斎へ向かった――



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