第2話 父の目論見

――翌日


「何ですか……こんな朝から仕事をさせるなんて……フワァァァアア……」


大欠伸をしながら、ヘンリーは自分の前に置かれた山積みの書類を恨めしそうに見つめる。


「何が、こんな朝からだ。時計を見てみるがいい、もう10時を過ぎているのだぞ? 領民たちは太陽が登る前から働いているのだ。彼らを少し見習って、お前も働け。いずれはお前がここの領主になるのだぞ?」


「大丈夫ですよ。父上はまだ45歳ではありませんか、まだまだ健康で働き盛りではありませんか」


「黙って、仕事をしろ。その書類に目を通して問題なければサインをするのだ。私はこれから領地を見て回らなければならない。しっかり仕事をするのだぞ」


ビリーはそれだけ言い残すと、大股で書斎を出ようとし……足を止めた。


「いいか、ヘンリー。今日中にその書類に目を通さなければ……お前のツケは支払わん。分かったな」


「え!? そ、そんな! 父上! 幾ら何でも……」


――バタンッ!


しかし、彼がまだ話の途中にビリーは出ていってしまった。


「……な、何だよ……人がまだ話をしている最中だっていうのに……」


そして恨めしそうに書類の山に目をやる。


「ふん! サインしろ……か。いいだろう。サインぐらい……何枚だって書いてやるさ!」


ヘンリーは万年筆を握りしめると、次から次へとサインをし続けた。

……勿論、書類に目を通すことなどなく――




****



 ビリーが屋敷に戻ってきたのは17時を過ぎていた。


書斎に行ってみると、ヘンリーが最後の書類にサインをしているところだった。


「おお、ヘンリーよ。きちんと仕事をしていたようだな?」


「ええ、当然じゃないですか。何しろ、ツケ代がかかっているのですからね……はい! 終わりました!」


万年筆を置くと、ヘンリーは書類の束に重ねた。


「よくやった。ヘンリー。見直したぞ。お前はやれば出来る息子だ」


「なら、父上。ツケ代を貰えるのですね?」


「そのことなら心配するな。もう私が支払っておいた。善良な領民を待たせるわけにはいかないからな」


「本当ですか!? さすがは父上! ありがとうございます。では、今日の仕事は無事に終わったということで出掛けてきます! 食事のことならご心配なく。外で食べてきますから!」


ヘンリーは席を立つと、足早に書斎を出て行った。



――バタン


扉が閉ざされると、ビリーはポツリと呟く。


「……行ったか……マイク」


「はい、旦那様」


音もなく現れるマイク。


「ヘンリーのサインした書類を確認するのを手伝ってくれ」


「はい、かしこまりました」


マイクは先程までヘンリーのいた椅子に座ると、二人は無言で書類をペラペラとめくり始め……。


「ありました! 旦那様!」


マイクが1枚の書類を見つけ出した。


「でかしたぞ、マイク! 早速見せてくれ」


ビリーは書類を受け取り、目を通すと満足気に頷く。


「……よし、確かにサインしてあるな」


「はい、旦那様」


二人はどこか嬉しそうに見える。


「ふははははは……っ! 完璧だ! 愚かな息子め……今まで私を舐めきったことを悔やむがいいわ!」


「ええ、旦那様!」


ビリーとマイクの高笑いが書斎に響き渡る。



そして、翌日事件が起こった――


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