【KAC20247】僕の色と君の色

白原碧人

第1話


 本日最後の6限目の授業中のクラス内がざわついている。数学教師から返却された答案用紙を見て、喜怒哀楽、どの表情を浮かべるのか見ているのはまるでゲームのガチャを回しているようで面白い。本来であれば自分もそのうちの一人であるのだが、ぼんやりとした目標だけで具体的に目指すところがないのでテストの結果なんてどうでもよかった。

 自分の名前が呼ばれて答案が返却される際、職員室に来るよう伝えられた。そう、赤点である。一発で留年になることはないがリーチではある。

 答案の返却がすべて終わると、平均点と最高点が発表される。最高点をとったのはクラス委員の水無瀬夏梨みなせかりんでクラス内では賞賛する声と当然との声が入り乱れた。クラス最高点だというのに水無瀬の顔は周りに合わせた作り笑顔のように見えた。


 放課後、職員室に呼ばれ、度重なる赤点で追試を受ける必要があると告げられる。それで終わりかと思いきや、説教が始まる。将来だ、進路だといわれても今更そこまで期待できる人生にはならないことくらいわかるのでどうでもよかった。

 数学教師の奥では担任と水無瀬が話をしていた。何の話をしているのかはわからないが二人の顔は真剣で、余裕がないような雰囲気を感じる。視界の端に移る二人に意識が向いていて数学教師の説教は全くと言っていいほど聞いていなかった。とりあえず最後に、わかりました。とだけ答えると職員室から解放された。

 誰も残っていない教室に戻るとほとんど中身の入っていない鞄をもって屋上へと向かう。何か気が晴れないことがあると屋上に来て絵を描く。絵を描いているときは集中して無心になれる。良いことも悪いことも頭から消えてただひたすら目の前の景色を紙に書き写し、だんだんと余白が埋まっていくのことに心地よさを感じていた。

 そろそろ一区切りかというタイミングで扉が軋む音がすると西日で伸びた影が作業を中断させた。別にそんなことで機嫌を損ねたわけではないが、影の主に視線を送る。

 そこにはさっき職員室で見かけた水無瀬がたっていた。まだ帰ってなかったのかとも思ったがいちいちそんなこと言う必要もないかと言葉にはしなかった。


「邪魔しちゃったかしら」


 作業を止めた俺を見て水無瀬が口を開いた。


「大丈夫、ちょうど切りのいいタイミングだったから。それにしても水無瀬が屋上に来るなんて珍しいね。悩み事でもあんの?」

「まぁ、色々ね……そういう奏守かなもり君はどうなのよ。追試になった現実逃避とか?」


 職員室で一方的に見ていたつもりだったが見られていたらしい。さすがクラス委員視野が広いというか優秀とでもいえばいいんだろうか。そんなクラス委員がなんで屋上なんかに来たのか余計に気になった。


「そんなつもりはないけど……それに普段から屋上には来てるよ。で、絵を書いてるよ」

「へ~、確かに上手かも、好きなんだ。絵」

「まぁ、どうだろ、昔から絵はなんとなく描けたし、描いてるときは余計なことを考えなくていいから」

「そうなんだ、でもできることとかやりたいことがあるって羨ましい」


 そういうと水無瀬は隣に腰を下ろし空を仰ぎ、ため息をついた。


「俺は水無瀬が羨ましいよ。勉強ができて、皆に慕われて、華やかな学校生活ってかんじじゃん」


 本心を述べ、盛っていたスケッチブックと鉛筆を水無瀬に差し出す。


「何よ」

「なんでもいいから描いてみて、簡単なものでいいし、記号でも、なんでもいいから」


 一瞬戸惑った顔をみせたが、すんなりと行動に移せるあたりがさすがクラス委員というか優等生というか優秀さを感じる。水無瀬は簡単な猫の絵を描いて見せた。


「描いたけどこれがどうしたの?」

「描いてるとき何考えてた?」

「特には……あえて言うなら猫の姿を考えたかしら」

「それが俺の絵を描く理由、余計なことを考えなくていいから」

「やっぱり現実逃避じゃない」

「たしかにそうかも」


 屋上に二人の笑い声だけが広がる。笑い声が収まるとそれまでとは打って変わって無言の時間が過ぎる。


「さっき、華やかな学校生活って言ってたけど、実際はそんな良いものじゃないわ。やりたいこともわからないのに勉強して、内申点のためにクラス委員になって、親や周りを失望させないように振る舞う。自分の人生って何なのか、自分のことすらわからない。華やかとは真逆、白でも黒でもない灰色、地味で中途半端な生き方。そんなのが羨ましい?」

「水無瀬も大変なんだな」


 自分が思っていたより水無瀬の悩みは大きく、なんと返していいのかわからず当たり障りのないことしかいえなかった。

 それでも水無瀬は顔を伏せたまま小さな声でうなずいた。

 自分が鮮やかだとみていたものが、実は一人の女の子が顔を伏せたくなるほど地味で苦しいものであった。そしてその彼女は、自分が地味で退屈だと思い希望を見出せなかったことを羨んでいる。

 僕達が見ている色は同じようで同じではない。この世の中に同じ色は存在しない。

 これからの将来を考える僕達にはとても皮肉の効いた残酷な真実に、学校の屋上に女子と二人きりという鮮やかな青春の1ページのような状況で気づいてしまったのは僕の人生に何色で記されるのだろうか。





 

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【KAC20247】僕の色と君の色 白原碧人 @shirobara_aito

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