レイの異世界管理者生活 〜チート魔女になったので、この世界を思いっきり堪能する所存です〜

拝詩ルルー

第1話 プロローグ(主人公視点)

 今日は休日だったので、家の近くの自然公園を、運動がてら散歩していた。

 久々に長雨が止んで、雲一つない晴天でじりじりと気温が上がってきていた。公園内の大きな池には、見頃の蓮が白やピンクの花を咲かせていた。

 木陰は強い日差しが遮られている分、まだ過ごしやすくて、少しだけ休憩していた。


 その時、突然後ろから声をかけられた。


「ようこそ、異世界人さん。私はリリス。あなたにお願いがあって呼んだの」


 びっくりして振り向くと、白い髪の小柄な少女が立っていた。お人形さんのように綺麗な顔立ちで、とても真剣な表情だ。肩下までのストレートの髪はさらりと風に揺れていて、この蒸し暑い時期に、膝下までの深い緑色のローブを着ている。


 いきなりの非現実感に、思わず二度見をしてしまった。何かのコスプレイヤーさんかな?


「時間が無いから簡単に説明するわ。あなたには私の世界に来て、私の代わりに管理者をやってもらいたいの」


「え?」


 管理者とは? 何やんの? そもそも私に拒否権は?


 いきなり見知らぬ人にそんなことを言われて、思わず固まっていると、いつの間にか目の前に少女が立っていた。反射的にぴくりと体が動く。

 彼女の緑色の瞳は揺れていて、顔色は色白を通り越して、紙のように白っぽい。今にも倒れそうなほど儚げだ。


 彼女は私のおなかに手を当てると、急にその手が光り出した。彼女の手を通して、何か温かいものが、勢い良く自分の中になだれ込んできた。

 あまりの勢いと圧力に、私は少しよろけて一、二歩後ずさった。


「こっちの世界と魔力に馴染みやすくするのに、少し年齢を後退させてるわ」


 ふぅっと、一仕事が終わったかのように息をついて、彼女が言った。

 彼女も少しよろけている。さっきよりも顔色が優れないみたいだ。


「え?」


 自分の体を見てみると、確かにさっきよりも服が少しダブついてる? 手もなんだかさっきよりも小さくなっているような……


「分からないことがあったら、他の三大魔女や管理者に聞くといいわ。あなたなら、きっとできるから」


 彼女がにこりと柔らかく微笑んだ。


 どうしよう。分からないことが多すぎて渋滞している。もはや何が分からないのかも分からなくて、頭の中が真っ白だ。


 とにかく何か聞きだそうと口を開きかけた時、いきなり強い風が吹いて、彼女の白い髪がザァッと吹き上がるのが見えた。私の黒い髪もブワッと顔の前に吹き上がる。


「ゔっ!」


 私たちの周りが、目も開けていられないほどの眩い光に包まれた。


 思わず身構えて目を閉じた瞬間、「強く生きて」と彼女の呟く声が聞こえた気がした。それから、何かのハミングのような歌声も。


 数分経ったか、数十分経ったか。短いような長いような時間の後に、ドガシャンッというかなり近くに雷が落ちる大きな音と共に、打ちつけるような土砂降りの雨の音がした。

 さっきよりもぐっと気温が下がっていて、急にぶるりと身震いがきた。

 光がおさまったようなので、恐る恐る目を開ける。


 薄暗い部屋の中で、目の前には、びっくりした顔の綺麗な女の人と、しかめ面をした男の人がいた。

 何かが焦げたような匂いと、じっとりとした雨の匂いが充満していた。



***



 一言で言おう、理不尽だ。もう何がどうとかではない。全てが理不尽だ。


 新卒で入社して三年経った。やっと仕事にも慣れて、そろそろ何か新しいことでも始めてみたいな、と確かに最近はぼんやり考えていた。


 だとしてもだ。いきなり異世界に飛ばされて、そこで管理者やりたいとは一切考えたことは無かった。しかも選択権も拒否権もないのである。どういうことだ!


 急に知らない所に飛ばされて、あまりにも訳が分からないことが重なったからかもしれない。気づけば、はらはらと涙が出ていた。


 目の前の綺麗な女の人がびくりとして、心配そうな顔で「大丈夫?」と声をかけてきてくれた。どうやら言葉は通じるようだ。


 でも私は何も言えないでいた。何を言えばいいかも分からないし。

 勝手にしゃっくりが出て、とにかく恥ずかしいけど、服の裾で涙を拭う。泣くのを我慢してるから、喉の奥がジンジンしてとても痛い。


 部屋の入り口には、わらわらと人が集まって来ていた。


「一旦、落ち着ける場所に行きましょうか」


 綺麗な女の人が聞いてきたので、私はこくりと頷いた。


 さっき声を掛けてくれた女の人と、もう一人小麦色の髪をした女の人と……あと緑色の小さな光の玉が、私を案内してくれた。


 小麦色の髪の女性は耳が長く先が尖っていて、よくあるファンタジー映画やゲームの中のエルフのような感じの人だ——完全にここは私が全く知らない場所だと、改めて思い知らされた。



 案内された部屋はシンプルだった。壁際にソファが一つと、来客用の木製のテーブルと椅子が四脚、部屋の奥には大きなベッドが一つあった。


 小麦色の髪の女の人がお茶を淹れてきてくれるというので、私たちは椅子に座った。緑色の光の玉はいつの間にか消えていた。


 部屋の中を見回すと、床も壁も天井も全て木製で、特に何の飾り気もなくて、カーテンが付いているぐらいだ。


 お茶が入ったので、一口飲んでほっと息を吐く。初めてのお茶の味だったけど、落ち着く香りがして悪く無かった。はちみつを入れてもらったのか、ほんのり甘くなっていて、泣いて痛めた喉も少し落ち着いてきた。



 一息ついたら、綺麗な女の人が話しかけてきた。


「早速だけど、お話ししても大丈夫かしら?」


 私はこくりと頷いた。


「私はミランダ。管理者で、三大魔女の一人よ。ミランダって呼んで。彼女はエルフのシェリー。ここでお手伝いをやってるわ。よろしくね」


 ミランダがにこりと微笑んで、シェリーもぺこりとお辞儀をする。


 ミランダはセクシーなお姉様だ。金色のゆるくウェーブのかかった長い髪に、深い紫色の目をしている。大きな胸にキュッと引き締まった細い腰、細い顎とぽってり厚めの唇が、何とも言えずセクシーだ。お尻が隠れるくらいの長さの黒いケープを羽織っていて、白の細身パンツにブラウンのニーハイブーツを合わせている。


 シェリーはまさに想像上のザ・エルフ、といった感じの美形だ。小麦色のストレートの髪を、すっきりと一つに束ねていて、緑色の瞳が優しげに微笑んでいる。メイドのようなネイビーのワンピースを着て、白いエプロンをつけている。


「先ほどはありがとうございました。私は佐藤鈴です。レイって呼んでください。よろしくお願いします」


 私もぺこりとお辞儀をした。


「ところで、どうやってここに来たか、分かるかしら?」


 ミランダが少し戸惑いながら尋ねてきた。


 私はさっきあったことを、彼女たちに説明した。

 家の近くの公園で休んでいたら、リリスという少女に話しかけられたこと。

 彼女の代わりに管理者になって欲しい、と言われたこと。

 彼女がお腹に手を当てたら光って、何か温かいものが入ってきたこと。

 いきなり目の前が光に包まれて、気付いたらさっきの部屋にいたこと。

 それから……


「何か分からないことがあったら、三大魔女と管理者に聞くように、と言われました」


 私は訳が分からないながらも、何だか申し訳なくてしゅんとしながら答えた。


 ミランダは頭痛がするかのようにこめかみを指で押さえて、話を聞いていた。

 シェリーは申し訳なさそうに眉を下げていた。


「ああ、もう! あの子ったら!!」


 ミランダが嘆くように叫んだ。


 私はびっくりして、思わず椅子の上でピョンと小さく跳ねてしまった。


「ごめんなさいね。いきなりのことで私たちもちょっと混乱しているの」


 シェリーがさりげなくフォローしてくれた。


 はぁ、と息を吐いてミランダがこっちを見つめてきた。それから、ちょっとごめんなさいねと言って、私の片方の手を取って握った。ミランダは目を閉じて、何かを感じ取ろうとしているようだ。

 私は何が何だか分からないまま、綺麗なミランダを間近に見て、ちょっとドキドキしていた。


 しばらくしてミランダが目を開けて、私に向き直って、

「やっぱり。リリスの魔力がレイに引き継がれてるわ。あなたがリリスの次の三大魔女で管理者よ」

と私の目をまっすぐ見つめて、伝えてきた。


「え? ……私が三大魔女で、管理者? 三大魔女ってなんですか? 管理者って何を管理するんですか?」


 戸惑いつつ聞いてみた。


「「え?」」


 今度はミランダとシェリーが戸惑う方だった。


「三大魔女を知らないの?」


 シェリーがおろおろして尋ねてきた。


 私は一瞬どうしようかとも迷ったけど、思い切って今この人たちに言ってしまった方がいいと感じて、伝えてみた。


「たぶん、私は別の世界から来てます。日本って所から来たのですが、どこか分かりますか?」


 ミランダとシェリーが、絶句して固まってしまった。



 しばらくして、ミランダが再起動した。


「別の世界があるかどうかは、聞いたことが無いから何とも言えないけど、『ニホン』っていう地名を私は知らないわ……確かにレイの着てる服は初めて見たわ。素材もよく分からないし」


 ミランダが戸惑いつつも、私の服を見て言ってきた。


 今はウォーキング用に、速乾性のあるスポーツ用のTシャツとジャージを着ている。靴もスニーカーなので、こちらの世界だと特殊な素材だと思う。「異世界」という概念自体もこの世界には無いのかな……?


「ポリエステルっていう素材でできてます。汗をかいてもすぐに乾くので、ベタつかないんです」


 へー、とミランダとシェリーが頷いている。


「ところで、私は元の世界に戻れるのでしょうか?」


 私の問いに、ミランダは表情をサッと曇らせた。


「正直に言うと、帰れないと思うわ。リリスの術、おそらく発動するのに命かかってるわよ」


「え?」


 今度は私が絶句する番だ。私が元の世界に帰るのに、自分か、もしくは誰かの命を犠牲に……?

 それに……


「もしかしてリリスさんて、もう……?」

「おそらくは」


 ミランダは眉を顰めて、重々しく頷いた。


 シェリーも驚いて、隣のミランダを見つめている。


 確かに、私が見たリリスさんはかなり顔色が悪かった。そう思い返していると、ミランダが話しかけてきた。


「ねぇ、レイ。三大魔女や管理者のことは明日話しましょうか。レイも急にこんなことになって混乱してると思うし、私たちも一緒よ」


 ミランダとリリスさんの関係は今はまだよく分からない。でも見知った人間が亡くなっているかもしれないのだ、心中穏やかではいられないと思う。


「分かりました。続きは明日にしましょう」


 私は、ミランダの目を見て頷いた。


「ありがとう。シェリー、レイの身の回りのこと、みてもらえる?」

「ええ。レイ、こっち来て。この部屋の使い方と、あと服もみましょうか」


 私は頷いて、シェリーさんに付いて行った。



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