2121

誰なの

 性癖が歪んだ瞬間ははっきりと覚えていて、友人に見せられたパソコンの画面が今でも脳裏にしっかりとこびりついている。

 まとめサイトをいくつも経由してたどり着いたそのサイトは、いわゆる死体画像が貼られているサイトだった。海外の事件が主であるため、写真の死体は見慣れない外国人ばかりだ。もちろんモザイクは掛かっていない。

「なぁ、これとか特にヤバくない?」

 俺は頬の治りかけの傷を掻きながらパソコンを覗き込む。若い女性が死姦されたのであろう画像集だった。多くの背景は森の中で撮影されたものだった。犯罪は人気のない暗い場所で行われるのが常ということだろう。

 当然のように写真は全て血塗れだった。中には顔が誰か分からなくなるほどぐちゃぐちゃにされているものもあったし、バラバラにされているものもあった。自らの腕を切られ、下から突っ込まれているものもある。生きているときにされたのか、死んだ後にされたのか、どちらであっても想像するだけで痛々しい。

 下腹を開かれ切り口から内臓のはみ出ている者もいた。おそらく犯人は自分のモノを入れている筈なのに、内臓の合間からモノの頭が見えていることだろう。

 目が潰れている者もいた。くりぬかれていると言った方が正しいのだろう。その目にはモノを抽迭した痕跡があり、空虚から紅白の混ざった粘度の高い涙を流している。

 血生臭く人という形をしているだけの人として扱われなかった、もはや人と呼べなくなった成れの果て。

 当時は中学生で、エロにもグロにも興味のある年頃であったから興奮しながら俺にそれを見せる友人の気持ちは分かる。だが、そのせいで俺にどんな変化をもたらし、どんな行動を起こし、どう性癖を歪ませることになるのか友人は知らない。しかしそれは構わない。友人に罪はない。

 俺達は「ヤバいな」と言い合いながらも目を離すことが出来ず、マウスのスクロールを続けていた。

 不意に玄関の扉が開く音がして、我に返る。友人の弟が帰って来たのだ。俺達のいるリビングへとやってくる。

「ただいま! パソコンゲームしてたの? 俺もやる!」

 友人は慌ててまとめサイトの窓を消し、よくやっているゲームの画面を開いていた。友人の弟は手洗いうがいをしに洗面所へ行く。

「危なかったー」

「兄弟いるの、いいよな」

 俺の両親は離婚していたから、弟や妹を望めない。再婚できるような父親でもないし、母親は俺達を捨ててどこかへ行った。父のことを愛していたことはあったのかもしれないが、俺のことを愛したことなど無かった。その証拠に、俺には当時母親の好きだったアイドルの名前が付けられている。同じ名前であれば愛着でも湧くと思ったのだろうか。残念ながら俺は糞みたいな父親の血と頭の足りない母親の血から生成されていたので、アイドルなんて似ても似つかないものに成長したため三歳くらいで当たり前のように捨てられた。

 母親の記憶は薄い。髪を括っている後ろ姿をなんとなく覚えているくらいで。

「兄弟欲しかったな」

「良いことばかりじゃないけどな」

 苦笑いする友人は満更でもない顔で言う。



 友人の家を出て自宅に帰ると、扉を開けた瞬間父親に殴られた。殴られる覚えのない俺は、放心しながら玄関の冷たいタイルに横たわる。治りかけていた頬の傷が裂けて、熱を持つ。

「また財布から金を抜き取っただろう!」

「え、昼ご飯代抜いていいって言ってた筈じゃ」

「財布から半分以上抜く奴がどこにいる!!」

 パン二個がギリギリ買える三百円を抜いたことは覚えていたが、財布の中に六百円も入ってなかったのは知らなかった。その後も適当なことを言いながら殴り続ける。

「俺はお前のことを思って殴ってるんだ。俺の拳の方がお前よりも何倍も痛い!」

 愛は痛みに変換されて、頬は真摯にそれを受け止める。

 自らが殴られる度に、痛みにやられた俺の頭はバグったようにパソコン画面を再生する。現実逃避でもあったのだろう。

 愛が暴力であるならば、あの写真の状況を作った人達はどれほど気持ちいい思いをしたのだろうか。

 父親に殴られながら、俺は夢想する。

 この世で心から一番愛する唯一の人を、あんな風に愛したい。



 大学生になると、俺にも彼女が何度か出来た。彼女はいつだって髪の長い女性だった。髪の長い女が好きだったし、掴むのに丁度いいからだ。

 けれどあのときの画像のようにしたいかと言われるとそうでもない。愛するということは存外難しいことらしい。どこか物足りない快楽だけを享受して、後は別れるからいつも長くは続かない。



 ある日繁華街を歩いていると、どこか後ろ姿が気になる人に出会った。

 俺は直感する。

 見付けた。この世で一番愛する人。当然のように髪の長い女性だった。

 甘い言葉を囁けば、その人は簡単に俺に付いてきた。

 ホテルへ直行し、しなだれ掛かるようにベッドへと押し倒す。首に手を掛けながら。女は目を見開いて何か言いかけたようだが、その言葉を聞く前に俺は女の首を締める。つい愛が溢れてしまったのだ。

 しばらくすると女は大人しくなり力が抜けていく。抵抗されたので腕を引っ掛かれた。

 ……ちょっと、痛い。

 ムカついたので一度頬を殴ったら、衝撃でだらりと舌が飛び出した。「ごめん、こんな筈じゃなかったんだ」と慌てて口の中に舌をしまう。ついでに顔色が悪いことに気付く。これは確か、鬱血痕だ。

 鬱血痕のことがすっかり頭から抜けていた。綺麗な顔を台無しにして申し訳ない。コンシーラーを塗ることを提案したいが、小さいバッグにはリップくらいしか化粧品は入っていなさそうだった。

「まぁいいか。顔を愛している訳じゃないし」

 絞殺したのは、血が多く体内に残っていた方が潤滑油になると思ったからだ。

 首の真ん中をいつも持ち歩いているナイフで切ると赤黒い血が流れ出た。首の骨を脱臼させると、凹凸のあるホースのような気管が顕になる。気管を横に切り裂いて、そこに固くなった己を突っ込んだ。

 最初はゆっくりと。潤滑油の血が、俺と喉との摩擦を減らし包み込んでくれるようだった。次第に速度を上げていく。粘膜ということもあり滑りがよくて思った以上に気持ちがいい。

「っ……」

 喉の奥から口の中へとどろりと精液が流れ出る。舌から滴り落ちる白い液体に俺はえも言われぬ恍惚を覚えた。中学のときからずっと逆口内射精をしたかった。夢が叶った。

 俺は今この世の誰よりも一人の人を愛しているのでは無いだろうか。胸がいっぱいになり、たった今迸しらせた筈のそれが再び固さを取り戻していく。

 もっと俺はこの人を内面から愛したい。

 腹を裂き、保健体育の教科書に載っていた人体構造図を思い出しながら脂肪の付いた小腸を掻き分け子宮と卵巣を露出させる。

 ここからは丁寧な作業が必要だ。

 ナイフの先を使って卵巣の皮一枚を切っていく。白い層が顕れたとき、俺は更に固さを増した。屹立した己をしごき、そこに白濁した液をぶっかける。

 俺の精子が、卵子も卵母細胞も全てを受精させていく。全部が俺のもの。全てが俺の子どもたち。

 なんて愛しいんだろう。

 唯一の人に一回しかすることを許されないセックスはこれで終わった。

 いや、終わりじゃない。もう一つだけやらなければいけないことがある。

 ――死後硬直フィニッシュを決めるのだ。

 調べたところによると死後硬直が始まると、中はそれはもうめちゃくちゃに締まるらしい。それを経験してこそ愛は完成するのでは無かろうか。二、三時間ほどで死後硬直は始まるというから、もう三十分も経たない内に始まるはずだ。

 おもちゃを待つ三歳児のように、俺はその瞬間を待つ。

 全ては俺が産まれた瞬間、始まった。

「ねぇ母さん」

 さっき言おうとしたのは、愛を告げる言葉だった? それとも俺の名前だった? 俺の名前だったら嬉しいな。いや、名前よりも「誕生日おめでとう」と言ってくれた方が嬉しいかもしれない。誕生日だけは他でもない俺一人に与えられたものだから。

「弟と妹、どっちになるかな」

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