魔女の誘い:まるで微睡むような不運であり、悪夢のような幸運

『ケルバス行きはなしか』

「だね」


「……それで私から一つお願いがあるの。これはイフリートにもメリットがある話よ」

「聞かせて」


「……私達勇者を強制的に従わせ、自爆させる『装置』を第一王女が持っている。それを破壊して欲しいの」

『何だと?』


「……第一王女ウィンテスが私達を召喚した本人で、召喚の媒体には古代文明の遺物である宝玉を使ったの。それには勇者の暴走を防ぐ仕掛けが施されていて、そのリモコンがウィンテスの持つ『装置』というわけなのよ」

『……なるほど。最悪だ』


 なあスレッドマン、俺の中に爆弾とかってあるの?


[私が確認できる場所にはそのようなものはありません。しかしプロト・アーククリスタルの制御領域には、私がアクセスできない場所があります]


 そこに、と考えて行動した方がいいな。


[はい、現状はそれが最善と判断します。またシュミレーションした結果、ウィンテス及びその配下と敵対する可能性は高いと出ました]


 わかった。ありがとなスレッドマン。


「……仮にベラドンナの依頼を受けたとしても、ボク達は王城に入ることができないよ。それに『あの町』の件で、冒険者しても活動できないし」

「……それは大丈夫よ。私の下僕が手配するし、カナンには新しい身分を用意してあげる。全力でバックアップするし、カナンを捨て駒にはしないわ」


『……ベラドンナ、お前も召喚されて一週間経っていないだろ。そんなことが出来るのか?』

「……この国の北にある勢力、その三分の二を手中に収めたわ。その中にいる侯爵が王への発言権を持っていて、第一王子の後見人を務めた人物よ」


『どうやったか聞いていいか?』

「……普通に本人とその周辺を制圧しただけよ。おかげで戦級が四十七になったわ」


 もしかしてベラドンナは世界大戦でもしてきたのだろうか?


『報酬は?』

「……手付で1憶メルク。成功すれば100憶メルクを出すわ。あと私にできることなら一つだけ叶えてあげる。もちろんカナンにもね」


「……ボクの父さんしか使い手がいなかった、どんなにボクが探しても見付からなかった魔法を探してもらう、というのは?」

「……ええ、大丈夫よ。よければ私がその魔法を修得してカナンのために使ってあげる。何回でもね」


 一瞬だけベラドンナが魔力を放出した。

 終わった後に死を認識して、それが錯覚だと理解した。


 もし目の前で核爆弾が爆発したら、たぶんだが、こんな感じになるんだろうな。

 

「……これが私の力よ」


 隣のテーブルでは家族連れが食事を楽しんでいる。他のテーブルの若い恋人達も、仲間や友人と料理を囲んでいる者達も実に楽しそうだ。


 今の瞬間、自分達が死ぬ未来があったことに彼らは気付いていないようだった。

 そして破滅をもたらす魔女と遭遇そうぐうしていることなど、想像さえしていないだろう。


 まるで微睡まどろむような不運であり、悪夢のような幸運ではないか。


「……安心してカナン。私に任せてくれれば大丈夫よ」


 ベラドンナのとても優しい声に、カナンは首を横に振った。


「魔法は探してもらうけど、修得して使うのはボクがする。これはボクが誓ったものだから」


 寂しそうにカナンが笑う。


「はは、でもボクに魔法の才能は無いみたいだけどね。何とか頑張ってみるよ」


 ベラドンナが動く。

 仮面が外れ、素顔が見えた。


「……わかったわカナン」


 カナンの額にベラドンナが口付けした。


「……どうかしら?」

「受けるよ。ベラドンナの依頼」


 俺も頷く。


「ありがとう」

 

 長い黒髪と温度を感じない黒い瞳、人形のように冷たく整った顔の少女が目の前にいる。

 それは前世で俺が死ぬ時に出会った、五人の少年少女の中の一人だった。

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