第25話 末路

 冒険者ギルドの建物内に作られた隠し部屋には大水晶のスクリーンが設えられており、そこには下水道の中にいるイフリートとカナンの姿が映し出されていた。


―― 北方の都市国家を一人で滅ぼした死霊術師、A級賞金首の【慟哭どうこくの狩り手 ジョン・レッドマン】が、E級冒険者の使い魔に拳打一つでミンチにされた。


―― この町の切札であり、冒険者ギルドの看板受付嬢という表の顔と、この町に入り込んだ者達へ最後を届ける死神として暗躍する裏の顔を持つ【墓標の刻み手 ククル・ドーカス】が、E級冒険者の少女に敗れ去った。


「クソがクソがクソが!!」


 顔を赤く染めたシルヴェリ男爵が倒れている少女を蹴る。

 彼女は元冒険者であり、今はこの町に繋ぎ止められた奴隷の娼婦だった。


 呪いによってウカップス達に逆らう事は出来ず、媚薬を過剰投与されて意識を失った今は、シルヴェリ男爵に蹴り続けられてもピクリとも動かない。

 

「このワシを舐め腐りおって!!」


 蹴り飛ばされたテーブルがひっくり返り、割れたグラスと酒瓶から漏れた希少な酒が最高級の絨毯じゅうたんを濡らした。


「はぁはぁはぁ」

「おしずまり下さい男爵閣下」


「やはり今すぐにでもあいつらの首を叩き斬ってやる」

「閣下、ククルが倒されたのです。その意味をどうかご考慮下さいませ」

「く、く~~~」


 シルヴェリ男爵は乱暴にソファーに腰を下ろし、目の前に立つギルド長を睨み付ける。


「わかった! それはそうと、ここは大丈夫なんだろうな! あの冒険者と使い魔がここに来るなんて事はないんだよな!!」

「ありえませんよ閣下。ここはご存知の通り、王族の方々もいらっしゃる場所です。王宮と同等の護りが備えられています」


 この国最高の錬金術師達が作り上げた最高の結界機構。

 遺跡の力を流用した上、竜の魔生石ましょうせきが四つも使われている。


「絶対不落。それがこの場所なのです」

「そ、そうだな」


 顔を上げたシルヴェリ男爵が、四方の柱にめ込まれた赤い魔生石を見詰める。

 宝石よりも艶めかしい輝きを放ち、強大な力を秘めた、竜の心臓よりられた物。


「はは、は―――はっはっ

 

 シルヴェリ男爵とウカップスを灼熱の光が呑み込んだ。


―― うぎゃあああああああああ!!


 シルヴェリ男爵は炎に焼き尽くされ灰も残らずに消えた。

 最高位の魔道具で身を固めたウカップスは辛うじて消えずに残る事が出来た。


(これは駄目だな)


 死ぬ瞬間に訪れるという、時間が長く引き伸ばされた感覚の中で、ウカップスは諦めの思いを吐く。

 

 四方の竜の魔生石は砕け散っており、炎は更に勢いを増していく。

 ウカップスがこの半秒を生き残っているのは、炎がこの場所の結界機構を破る時に減衰したからに他ならない。


 ウカップスは、自分の力では助からないと理解している。


(外道の死に様としては随分と上等だったな。すまない姉さん。私は)


 ふっ、と炎が消えた。


 炭化して真っ黒になった塊が転がる。

 胸から上だけが辛うじて形を留め、顔には口も鼻も耳も無く、白濁してまぶたの無い左目だけ残っている。


 黒い歪なのようなその物体こそ、生き残ったウカップスだった。


(どうして、助かった?)


 残った左目は、しかしどんどん見えなくなっていく。


「……最初に狙った人材が既に死にかけてるって、幸先悪いわね」


 天井の消えた夜空から、白い月の光が降り注ぐ。


 その魔性の白き輝きの中から、まるで伝説の魔女が降臨するように、一人の少女が降りて来る。


 はためく黒いマントと風になびく長い黒髪。黒い仮面がその素顔を隠している。


 口を失ったウカップスは「何者だ?」とは問えなかった。

 だが仮面の奥に覗く、暗く冷たい暗黒を湛えた瞳がウカップスの目を見た。

 

「……勇者」

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