第7話 隠された扉
町の表通りの一画に、『ポプキンス商会』という雑貨屋があった。
一般市民の為の日用品の他、冒険者が使う道具の類も揃えている。
町の食堂から宿屋、冒険者ギルドや領主とも取引があり、店主のジョンは二十代という若さながらも、町では顔の知られた男だった。
「らっしゃいククル。今日は良い葡萄酒が入ってるぜ」
夕方の店が混む時間帯、店員と一緒に店に立つジョンは得意先の女の姿を見付け声を掛けた。
「はあいジョン。ちょっと話いいかしら?」
「まあ少しならな。お、まさか夜のお誘いか?」
「ええ。ちょっと寂しくなってね」
「そうかそうか。おうチェリー、用事が入ったから俺帰るわ! 後は頼んだぞ!」
「ふざけんな店長!」
店員の少女が怒声を上げた。
「大得意様の冒険者ギルドの受付嬢様からのお誘いなんだよ! じゃあな、ヨロシク!」
「死ね店長!」
ジョンはククルを連れて店の事務室へ向かった。
扉を閉めて鍵を掛け、笑みの消えた目でククルを見る。
「珍しいな、俺にまで話が来るなんてよ」
「そうね。二年振りかしら」
ククルの口角が少し上がる。
「俺は真っ当に働いて、真っ当に生きていきたいんだよ。ウカップスへ借りはもう十分返しただろ?」
「ジーグマンとセルティが死んだわ」
ジョンの呼吸が数秒止まった。
ドクンッ、ドクンッと早鐘を打ち出した心臓の鼓動がジョンの頭を揺らす。
「標的はE級の女の子。三か月前に冒険者になったばかりの、金髪の可愛らしい子よ」
「……経歴は?」
「ギルド登録時の自己申告では三か月前に王都第二魔法学院を学業不振で中退。小級魔法程度は使えるようで、F級から一ヶ月でE級に昇格。ナトアーク伯爵領の辺境にある農村の出身だそうよ」
「絶対に
「一応王都の調査官に確認したら本当だったわ。正真正銘の落第生でド田舎出の小娘。領主様とは無関係よ」
「…………ジーグマンが趣味に没頭して不意を突かれたって可能性はある、のか?」
ナイフ一本で騎士中隊を鼻歌混じりに
目を瞑り考えて、ジョンは溜息と一緒に「馬鹿々々しい」と吐き捨てた。
「ま、そういう事で油断はしないでね」
「引き受けるとは言ってねえぞ……」
「あら、ウカップスに逆らうの?」
「……はぁ、わかったよ」
ジョンの脳裡にウカップスの能面のような顔が浮かぶ。
冷酷で無慈悲で蛇のようにしつこい、この町の冒険者ギルドの長。
特に今回は小鼠に噛まれ、
断れば勘気に触れるのは確実で、おまけにジョンは闇魔法の呪法でウカップスに命を握られている。
「さっさと片付けるか。シェリーに怒られるのは懲り懲りだ」
「ふふ、頼りにしているわ魔法使い様」
ククルの唇がジョンの唇を塞ぐ。
真冬の極寒の夜に触れた氷のような、冷たく熱いキスだった。
* * *
~ イフリート ~
宿の事務室を覗くと、机に座る女が一人いた。
『風よ止まれ』
女の顔の周りの空気を固定する。
いぶかし気に首を傾げた女はしばらくしてもがき出し、酸欠で意識を失って床に倒れた。
『手早く済ませるぞ』
「うん」
俺とカナンで部屋の中を探る。
宿の中を魔力的に調べた結果、ここに魔力の流れを遮る障壁のようなものを感知したのだ。
「イフリート、あったよ」
『よし』
書類棚の奥の一画をカナンが押した。
キリキリと歯車の回る音がして棚が横にずれていく。
歯車の音が止まった時、棚のあった場所には、重厚な金属の扉の姿があった。
鍵穴があるだけで取っ手の類はない。
思い切って鍵穴に指を入れ弄り回してみる。
人間だった頃の、考える時の手慰みのような感覚だった。
さてどうするかな、と考えていると、カチンという金属音が鳴る。
『ん?』
「開いたようだよ。流石だねイフリート」
『ま、まあな』
カナンの笑顔が眩しい。
「当たり、かな?」
『そのようだな』
六畳ほどの広さの室内。
棚に納められている書類を手に取る。
『帳簿か』
入る時に気絶させた女の机にあった帳簿と見比べる。
ここで見付けた帳簿の方には大きな金額の出入金が散見された。
『恐らく裏帳簿。そしてこれは手形の束か』
振出人(発行者)は全部この町の冒険者ギルド。
裏書が幾つかあり、冒険者ギルドかその者達の手を渡ってこの宿に支払われた物だとわかる。
だが支払い期日の記入が無い。
その上、
『金額が書かれていない』
手形は証券の一種であり、支払い等に使われる。
受け取った側はそれを銀行に提示すれば、記載した金額を受け取る事が出来る。
また受け取った手形を別の者への支払い方法として使う事も出来る。その場合には裏書といって、手形を譲渡する者の名前を記入する。
『この手形に好きな金額を書けば、それをギルドに請求出来る。そしてこの開けっ放しの金庫も同然の手形は、複数人の手を渡って来たってわけだ。ありえねえだろ』
なお振出人の冒険者ギルドが手形の金額の支払いをしなかった場合、支払い義務は裏書した者達へ行く事になる。
この裏書に書いてある名前の商会や人物は全くの架空の存在か、或いはこの宿と同じような存在なのかもしれない。
「ちょっとイフリート、こっち来て」
『何だ?』
カナンが開けていた数個の木箱を覗く。
剣や杖、弓に槍などの武器の納められた物。
鎧や衣服、装飾品の納められた物。
そして、数多の人骨が詰め込まれた物。
「ねえ、彼等を供養してあげられないかな?」
『そうだな。こんな場所にいたんじゃこいつらも死に切れないだろう。カナン、頼む』
「うん」
カナンが両手を前に掲げる。
「
俺の体が風から火に変わる。
「時と星辰を司る星の聖霊オリナギ様。どうか彼らの魂を御導き下さい」
火の体で箱ごと抱き締める。
俺の火の中で、数多の骸達の姿が灰になって消えていく。
―― ありがとう。
誰かの言葉が頭の中に響いた。
『安らかに眠ってくれ』
別の箱の中にあった革袋に灰を入れる。
『ここから出たら土に埋めてやらないとな』
「うん!」
カナンが
俺は体を風に戻してもらい、武器の入った箱の中を漁る。
『お、この剣は魔力を持ってるようだぞ。どうだ?』
「う~ん、ボク剣は苦手なんだよね。それに今結構荷物を持ってるから、剣はちょっと厳しいかも」
右手に杖を持つカナンが苦笑する。
宿で襲って来た男の持つ短剣は腰に吊り下げられている。
『……そうか』
魔剣は
『あれ?』
箱の中に目を戻すと、そこには何も無かった。
「どうしたのイフリート?」
『いや、何でもない』
カナンが床に付けられている扉を開ける。
ここにあった地図によると町の下水道に通じており、途中で繋がっている洞窟から町の外へ出られるらしい。
カナンから灯りの点いたカンテラを受け取る。
魔晶石を使った高級品であり、水の中でも使えるらしい。
『さあ行こうか』
「うん!」
そうして俺達は、カンテラの灯りが照らす細い階段を下りて行った。
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