第4話 宿の食事

 官僚顔の男、ここの冒険者ギルドの長であるウカップスが問い掛け、カナンが必死にこれまでの事を説明する。


「……なるほど、わかりました」


 話を終えたカナンに深く頷いたウカップスの顔に笑みが浮かぶ。

 優し気で好意的な、カナンを気遣う笑みだ。


「申し訳ないですが、カナンさんにはしばらくこの町から出ないでいただきたいのです。ああ、もちろん滞在費は当ギルドで負担させてもらいますよ?」

「は、はい」


 まあ俺達に出る予定も無ければ金もない。

 カナンは元々金欠だった上、今回の依頼については保留扱い。

 これから別の依頼を受けるには疲労の溜まったカナンには酷であり、ギルドの金で休む時間が手に入るならありがたい。


「ありがとうございます。『旋風の大鷲』の隊長リーダーだったバルナバ君がシルヴェリ男爵家の跡取りでしたからね。後処理をしようにも私の裁量を超えているんですよ」


 C級冒険者で男爵家の跡取りが、新米のE級をゴブリンの囮に使い、あまつさえ生き残ったら殺そうとしてきたなんて酷い醜聞だ。

 男爵家関係は口封じしたいだろうし、その敵対者がいれば効果的に使いたいだろう。

 もちろん、被害者本人のカナンの意志など無視してだ。


「三日後、王都からギルド本部の調査官が来ます。その時に改めて、カナンさんのお話を伺いたいと思います」

「わかりました」


 カナンは頷き、そしてギルド長ウカップスとの話合いは終わった。

 カナンが部屋を出るまでウカップスは笑みを浮かべていて、全く揺るがないそれはまるで仮面のようであった。


 ……。


 ……。


「は~、疲れたよ~」

『おう、ご苦労様』


 ギルドが用意した宿の一階、そこにある食堂のテーブルに突っ伏すカナン。

 そして水蒸気の体で対面に座る俺。

 

「……大丈夫だよね、イフリート?」

『たぶんな』


 ギルド長ウカップスは、前世でエリートと呼ばれていた者達と同じような臭いがした。

 無能な役職者がするような、被害者に罪をおっ被せての尻尾切りはしないと思いたい。


 帰る時にギルドの書庫で見せてもらった規則集には、貴族関係の問題は本部調査官の裁定による、と書かれていた。

 職員にもこういったトラブルの事例を聞いたが(カナンが)、概ね、公明正大な結果となっているようだった。


『貴族の面子メンツを考慮して、被害を受けた冒険者が罰則を受ける事があるが、それも形ばかりのものらしい』


 貴賤を問わず、面子には感情も立場も紐付いている。

 それを守ろうと血まみれの銃を握る者の口から出るのは、決して正義の論理ではないのだ。


『いずれにせよ、もうこの町で仕事をするのは良くないだろう』

「だよね~。あ~、どこへ行こう」


『資料や職員達の話から幾つか目星をつけた場所がある。後で相談しよう』

「了解。えへへ、ありがとイフリート」


 店員がやって来て、カナンの前に料理の皿と果実酒を置く。

 俺の座る椅子を見て首を傾げ、カナンを憐みのこもった目で見て去って行った。


「何だったんだろ?」

『ギルドでトラブルを抱えた新米冒険者が精神的に追い詰められて、独り言を延々と言っているのを可哀想に思ったんだろ』

「え?」


 水蒸気は、気体となった水は目に見えない。

 白く見える湯気や湯煙は、既に液体に戻った水の姿だ。


「う~~!」


 顔を赤く染めたカナンがフォークを肉にぶっ刺して口に運ぶ。

 ゆっくり、ゆっくりと咀嚼して、飲み込んで喉を鳴らす。

 自然な食事の風景だ。


『大した奴だよ、ほんと』


 最後に果実酒の杯を少し傾けて、席を立ったカナンは自室へと戻った。


* * *


「食べたか?」

「ええ。お酒は少ししか飲んでなかったけど」


 カナンの座っていたテーブルを片付けた女は、下げた食器を全てゴミ箱の中に捨てた。


「ったく、ウカップスの奴も大概にして欲しいよ。アタシらは暗殺者じゃないっての」

「そう言うな。支払いは良い。真面目に宿屋をやっているより何十倍もな」

「違いない」


 厨房に立っていた主人が戸棚を開ける。

 中には二振りの短剣が入っており、その一つを女に渡した。


「もうそろそろ書き入れ時だ。さっさと済ませるぞ」

「わかってるよ」


 夕陽の赤に染まる厨房を後に、主人と女がカナンの部屋と向かう。

 女が壁の絵画を外し、隠されていた覗き穴から中の様子を伺う。


 女の目には寝台に横になり、深い眠りに就いている少女の姿が映った。


「行くよ」

「ああ」


 女が扉を解錠し、静かに開けて中に入る。

 鞘から短剣を抜き、切先をカナンに向けた。


「じゃあね」


 だが次の瞬間、女の胸を激痛が襲った。

 それはまるで心臓を直接鷲掴みにされたような痛みだった。


『チップだ。受け取りな』


 口から血を吹いた女が崩れ落ちる。


「チィッ」


 主人が短剣を抜いた走り、カナンへと振り下ろした。

 鋭い風切り音を奏でる刃は、しかしカナンの握る、女が落した短剣によって防がれた。


「小娘、何故動ける?」

「それは勿論ボクがからさ」


 主人の連撃をカナンが捌き火花が散る。

 カナンの突きを弾き距離を取った主人は、再び短剣をカナンへと構える。


 主人の顔には汗一つ無いが、カナンの顎の先からは汗の雫が落ち、肩を上下させながら荒い息を吐いている。


「E級の落ちこぼれ魔法使いと聞いていたが」

「酷ねそれ。言ったの誰だよ」


 主人の持つ短剣が赤い洸に包まれる。


「あなたは誰の差し金? もしかしてギルド長のウカップスさん?」

「それをお前が知る必要は」


 主人は疾風の如き踏込みで、瞬時にカナンを短剣の間合いに捉える。


「無い!」


 振り下ろした短剣がカナンの短剣を砕く。

 しかしカナンを切り裂くはずだった刃は逸れ、ベッドの端を切り飛ばした。


『穿て』


 床に倒れた女の口から、氷柱と化した血の塊が襲って来る。


「我が身を守れ【炎甲】!」


 主人が発動した炎の盾の魔法が、血の氷柱を防ぎ止めた。


「む。何、だ」


 強い眩暈めまいが主人を襲う。

 手足がしびれ、床に膝を突くと同時に短剣が落ちる。


『毒だよ』

「何?」


 虚空から響く声に目を向ける。

 しかし姿は無く、気配も無い。


『お前らがカナンの食事に盛ったやつだ。俺がカナンの口の中で凍結して粉砕、胃の中に隠してたんだよ。そして微粒子状にしたそれをお前の鼻から少しずつ入れてたってわけ。ちなみにカナンは口から胃まで水蒸気でコーティングしてたから、一ミクロンも摂取してねえよ』


 落ちた短剣をカナンが拾う。


『しかし遅効性とはな。お陰で間一髪だったぜ』

「魔法、か。セルティ、に、気付かせない程、とは。何が、新米、だ」


『あくまで万が一だったんだ。それがこんな結果になって残念だよ』


 白けた口調の、誰かもわからない声が響く。


 そして心臓に激痛が走った瞬間、主人の意識は闇の中に散っていった。

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