独り暮らし、彼氏なし27歳の黒歴史。
@Karin7
エッセー:独り暮らし、彼氏なし27歳の黒歴史。
私は世間で言うアラフォー、つまりおばさんというポジションに足をつっこんでからけっこうな時間が過ぎた。
そして、こんな私でも20代の中頃は新聞記者をしていた。
3年目にもなると、仕事にも慣れて色々と取材に行く事が多くなり、楽しく過ごせるように。
そこは教育関係の新聞を発行しており、小・中学校・高校・専門・大学に教育関係の研究会、市や道の教育委員会、が主な購読先でお客様でした。
そこでの繁忙期は12月。
本当に過酷な時期で、11月頃から近しい先輩と「ああ、恐怖の繁忙期がやってきますね」「やめて!まだ認識したくなかった」と記事を書きながら言い合うように。
どう忙しいのか?
今まで通りにいつもの取材と記事を書くのだって、朝に職場に着いたら、会社のビルでストライキが起こってお休みになりました。
とか、ビルに謎のキノコがたくさん発生して仕事が出来ません!
とか、なんでも良いからお休みにならないか、と本気で考えてしまうほどしんどいと思っていた。
そこにプラス、1月1日に届ける新聞の記事を12月いっぱい使って書かなくてはいけない。
一般紙と同じように、元旦記事の内容はいつものような記事ではなく特別感満載で、とっても豪勢。
私がいた所では、それぞれの記者がこの一年でこれは!という驚きのニュースや新たな取り組みで結果を出した学校などをまとめ、レポート記事として出す。ほぼ、2ページを一人で埋めさせてもらったと記憶している。
プラス、広告もバンバン載せるので、いつも年始広告を出して頂く所へ取材の合間にお願いをしに行く。高額の広告を出す教育研究会などの会長には年頭のあいさつ文を依頼、または取材・写真撮りして原稿にする。
はっきり言うと、いつもの3倍に仕事が増える。飲食店バイトだと、いつもの3倍お客様が来る(地獄ですね)。学校だと1クラスの児童・生徒40人が120人になる(カオスですね)、というてんてこ舞い状態。
やりがいはもちろんあるけど。
午後8時に帰宅、というルーティーンが。午後9時や10時までになり、1か月続く。
なので、頑張って朝早く来て、帰宅時間を調整したりもする。これがまたしんどくて、まるで部活の朝練をする気分。
結局は、土日返上で仕事をしちゃって・・・。
もちろん仕事の疲れも溜まってくるけど、『あ!広告がとりに行けていない。依頼していた挨拶文がなかなか来ない。自分のレポート原稿が煮詰まっている・・・』などなど見えない何かに追いかけられている感覚に陥っちゃう。
その何かを言語化すると、期限との闘いとプレッシャーで心も体もボロボロという感じ。
さすがにのんびり屋の私も、職場の先輩・上司も、ピリピリした空気を放っていた。
なかでも、レポートが一番苦戦した。〆切の2・3日ほど前にラストスパートをかけ。最後は、終電前ギリギリに終わらせた年もあったなぁ、という苦い記憶しかない。
されども、終わらない冬はないように。繁忙期にも、終わりはやってくる。
気持ちがいい!
清々しい!
地球、ありがとう!(少し壊れてます)
あとはもう、ボーナスが待っている。ウキウキして、しょうがない。 それが、その年はもう一つ、試練が待っていた。
年末のお休みに入り、残り3日で大晦日という頃。私は大掃除や実家に帰る日をぼんやり考えていた。
すると、なんだか喉がイガイガして倦怠感が・・・。「まぁ、風邪の前兆かな。すぐに良くなるっしょ」と気に留めずにいた。
それがなんと、夜になると寒気がして熱は38℃を超えていた。更に夜が深くなると、激しい頭痛も。
20代は心も体も人より健康過ぎるほどに健康で、頭痛などした事がなかった。
な、な、なんだこの症状は?!
すぐに病院へ行かないと、お盆に行ける病院は減るに違いない。そう察し、翌日、重たい体と腰を上げて必死に病院へ向かった。
お医者様は言った。「ああ、インフルエンザかなぁ」
インフル?あの噂の?毎年、ワクチンがどうのとか、ニュースで言うやつ?これまでの私の人生には無縁だったもの。
検査をすると見事に陽性!
産まれて初めてのインフル。こんなにキツイのか・・・。
独り暮らし、彼氏なし27歳。
世間がウキウキ感を醸し出すクリスマスだって、繁忙期で忙しくて友達とも過ごしていない。
忌々しいイルミネーションとカップルを見ないように、足元だけを見て帰宅し。会社でもらった小さいケーキを、一人でモアイ像みたいな顔で食べていた。
やっと、やっと実家に帰って、私も人の温かさを感じられると思ったのに。
「あ、お父さん、電話大丈夫?」
「おう、どうした?声が変だぞ。ところで、いつ、こっちに帰るんだ?」
「それが、インフルになってしまって。5日間は家から出ちゃ駄目みたい」
それでも、帰って良いかな?
と、あまりの寂しさに聞こうとしていた。
「インフル?!駄目だ!来ちゃダメダメ!」
「あ・・・」
当たり前だのクラッカー、くらいはっきりと言われた。むしろ、完全拒否だった。
淡い期待なんかしたせいで、泣きそうに。
倦怠感は続き、頭痛もふしぶしの痛さも終わらない。
発症4日目辺りから、元気になってきた。
北海道は大晦日に御馳走やおせちを食べるのが定番です。もちろんそれは無理だったので、なんとかお蕎麦を口にしました。
この年の年末年始の思い出は、それしか覚えていないのです。
三が日も過ぎ、元気になって出勤をしました。
健康人間だったけど、もうアラサーだし昔とは違うんだな気を付けよう。 そう心に誓いながら。
繁忙期ではない日々は、天国かのようだった。
それから、2週間ほどが過ぎ。
あれ?喉が痛い。
・・・え?今度こそ、風邪?
てか、病み上がりなのに?
夜になると、高熱が出始めた。
オーマイガー!
翌日、辛さを押し殺して病院へ。
医師は言った。
「インフルかなぁ」
はっ?
何を馬鹿な事を言い出すんだ、イラっという感情が、つい出てきてしまう。
「いや、あのう。暮れにかかったばかりなので。そんなはずないかと」 その医者は有無を言わさず、検査を進めた。
去年になったのだから。
そんなはずない!ヤブ医者め、陰性だったら検査代は返金だ!!
お医者様は言った。
「インフルエンザです。前回は、インフルA型で今回はB型です」
申し訳ございません!! 私が無知でした。インフルエンザはA型とB型があるんですね。
くっーー、独り暮らしの病は本当に孤独!!
AとBは症状が若干異なった。けど、辛い事には、なんの違いもなかった。
私は、自宅ベットの中でうずくまり、倦怠感を味わいながら、自分で自分を撫でたり抱きしめてあげた。
「仕事、頑張っただけなのに。免疫力が下がったみたい」
「よく頑張ってるよ。大丈夫、君は頑張ってる」
一人二役、そんな奇行でもしないとおかしくなりそうな状態で、なんとか乗り越えた。
2月に入ると元気になり。美人でスタイルも良い先輩と飲みに行く事になった。先輩はモテモテで、包み隠さずそのモテっぷりを語ってくれる。
今の時代なら、モテ自慢マウント女子と言われるかもしれない。
とは言え、大学から仲の良い先輩。
先輩はこの冬、二人の男性に言い寄られて、クリスマスはどちらと過ごそうか困った、と眉をひそめて語る。
私は、すごいなと思いながら、困ってしまった。
このあと自分が話せる近況なんて、インフルエンザのA型とB型にモテた、くらいしかない事に気がついた。
そんな情けない話、出来るか!!
クリスマスは小さいケーキを一人で、モアイ像みたいな顔で食べてたなんて。
病気中は、自分で自分を撫で、抱きしめて。
「よく頑張ってる。大丈夫、君は頑張ってる」
ってつぶやいてたなんて。
どう考えても、これから自分史に黒歴史にとして残る内容過ぎて言えない。
言えない・・・けど、それ以上に私はサービス精神が旺盛だった。情けないほどに。
今、この先輩から「笑い」と「楽しい」という表情が見られるのなら、言ってしまおうか。
気づいたら、面白おかしく、話してしまっていた。
プライドよりも、笑いを優先してしまっていた。
お父さん、お母さん。 苦労は買ってでもしろと聞いたけど、あの頃はけっこうきつかったよ。
でも、そのお陰で、今がめちゃくちゃ幸せに感じるぞー!!(笑)
独り暮らし、彼氏なし27歳の黒歴史。 @Karin7
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