シティガード(3)
「や、やめてください! 街を守るシティガード同士がいがみ合うなんて、そんなの絶対に許しません! それにSCSさんの現場判断は保安規定に則った的確なものでした。今回の認定は正当な評価です。ですがこれ以上保安局で不要な争いを続けるのなら、三社共にペナルティを言い渡しますよ!?」
喧嘩両成敗。受付嬢は特定のシティガードを贔屓してはならない。常に公平で正当に。そうであれるように、彼女たちの権限は多岐に渡る。その一声で星が取り消されることも珍しくない。窓口に座ってニコニコ応対するだけの事務職ではないのだ。
だがそれは、あくまで一般的なシティガードの場合。
「保安局が私たちゴールデンナンバーズ、そしてクニミ警備保障と手を切ると? ならこれから街の秩序は誰が守る? 保安局だけで統治しきれるのかな、この犯罪だらけの街を」
「そ、それは、皆で力を合わせて……」
「皆というのはこいつらみたいな雑魚の集まりだろう? 全員集まっても俺たちの半分の戦力にも満たない輩に何ができる。それがわかってるからサタン局長も三ツ星を特別に
射殺すような隻眼に睨みつけられ、アメリアの背筋が凍る。「公正であれ」と付与された職務権限は、大企業の前では全くの無意味だった。受付嬢としての矜持を熊の素手で引き千切られ、悔しさで視界が滲む。
すると、俯いてしまったアメリアの下顎に厳つい手が伸ばされた。太い親指と人差し指が両頬を摘まんで持ち上げ、意地の悪い笑みを浮かべた隻眼に見下ろされる。
「目を逸らすな。自分が誰に盾突いたのか、ちゃんと見ろ。そして二度と口ごたえしないことだ」
容赦のない威圧を真正面から浴びて、丸眼鏡越しに大きな瞳が涙で波打つ。眉根を寄せ、ひくりとしゃくり上げそうになったその時。マホロがベアードの手首を掴んだ。
「放しなよ」
「あ?」
森林を覗く車窓のような両目は、底冷えしそうな冷気に満ちている。短い茶髪を後ろへ撫でつけた頭を飾る丸い熊耳を見上げ、不躾な手首に力を込めた。小柄な体格とは対照的な大きな手に筋が張る。関節と筋を的確に潰され、太い棍棒のようなベアードの腕に痛みと痺れが走った。アメリアを解放してもその力は緩まない。まるで死ぬまで食らいついてくる猛獣の牙のよう。憎々し気に奥歯を噛み締めたベアードは、額に深い青筋を浮かべる。
「生意気なヒューマが。
「やってみろよクマ公。その前にお前の喉元を噛み千切ってやる」
怒れる主人の隣に立ったオオカミも瞳孔を開き、鋭い牙を見せて低く唸った。ベアードが少しでも動けば容赦はしない。彼はオオカミの縄張りに踏み込んだのだのだから。マホロを傷つける者は誰であろうと噛み殺す。ただ、それだけだ。
(なんて覇気だ……これだから本能で生きる野蛮な獣人族は嫌いなんだ)
獣人族同士がぶつけ合う息もできないほどのプレッシャーに充てられ、ゴローは血の気の引いた顔で一歩後退った。胃の中の心地が悪くなって、めまいがする。そんな地獄のような空間で顔色一つ変えない同族の少年に末恐ろしさを抱いた。ヒューマの内臓など簡単に引きずり出せる獰猛な牙を見たことがないのだろうか、この少年は。命知らずにもほどがある。
誰もが言葉を発することすら
「そう気色ばむでない、クニミの愛し子」
受付ホール全体を包んでいた重苦しい空気を払ったのは、明朗で伸びやかな老人の声。
その場に居合わせた全員の視線が正面ゲートへ向けられる。そこにいたのはしゃんと背が伸びた小柄な老齢ヒューマ。ゴールデンナンバーズ社のカノウ・ヒフミ会長、その人だった。
黄土色の着流しにと金の杖を見れば、誰もが自然と一歩引いて道ができる。偉大な祖父の登場にゴローはびくりと肩を跳ね上げ、表情を引きつらせた。
「げぇっ! お、お爺様……!」
「げぇ、とは何じゃ。事務官に実績報告をするだけで何時間うろついておる、この馬鹿者が。あげく善良な都市民の面前でこんな醜い油を売っているとは。よほど社長椅子が身体に合わぬように見えるのぅ」
「ぐぅ……! い、今本社へ戻るところだったのです。椅子は私の座り心地に合わせて変える予定なので、ご心配なく!」
羞恥と憤怒で顔を赤らめたゴローは、いきる肩を上下させてくるりと背を向けると、反対のゲートへそそくさと走り去ってしまう。「帰ったら説教じゃぞ」とよく通るしゃがれ声が投げかけられたが、返事はなかった。
幼稚な孫にやれやれと肩をすくめたヒフミは、杖を突きながらゆっくりとベアードへ歩み寄る。金の杖が床を叩く音が天まで
「か、カノウ、会長……」
「血気盛んなことは結構。だがそれは事件現場で発揮してこそ意義があるもの。同じ門戸を叩いたばかりの同胞に向けるには、いささか目に余る。我らを導く
周りを見ろと言わんばかりに、金の杖をぐるっと回す。それに促されてベアードが隻眼を向ければ、大企業の横暴な態度に萎縮し怯えた大勢の一般都市民が次々と目を逸らした。
「クニミの名は犯罪者にとって間違いなく強大な抑止力じゃが、守るべき都市民にまで畏怖されるのは女帝の望むところではあるまい。この場はもう退かれよ、小隊長殿」
つるりとした頭で柔和に微笑みながらも有無を言わせぬ圧を放つ老体に、ベアードは苦々しく顔を歪める。
ピリリとした緊張感が漂う中、ホール内に軽快な足音がパタパタと響いた。
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