小説サンプル8 忍者 (オリジナル)


 窓の外、通学電車と連なるように並走していた男は、中学卒業と同時に姿を消した。

 黒い頭巾を全身に纏い、電車に劣らないスピードで屋根と屋根の間を飛び越える。茂みの中さえも躊躇いもなく抜けていくその姿を、九年間、毎日遠目に眺めていた。

「忍者だ!」

 初めて男の姿を目にした日、僕は車内で思わず声を上げた。周囲の大人達は、そんな僕を奇異な目で見た。

 忍者とは、漢字の通り忍びの存在。その姿を公にすることなく執務を全うする、影の暗躍者だ。彼の存在は奇妙奇天烈なものであったが、僕はそれ以来、忍者のことを口に出すことはなかった。彼の存在を隠し通すことで、任務に協力しているつもりになっていた。彼の暗躍を知る僕までもが忍者であるかのように振る舞った。

 イマジナリーフレンドなるものの存在を知ったのは、中学に上がってすぐのことだった。読書家でもある友達が貸してくれた書籍の中に、その言葉は記されていた。『想像上の友人』と説明にはあったが、あの忍者と僕は面識すらない他人であったし、友達と呼ぶには少し無理があるように思えた。それに何より、僕の六年間が、秘密の任務が、幻だったなんて信じたくなかった。

 十四の年、急激に背が伸び、声も低くなりだした。僕は以前よりも冷静に世界を見るようになっていた。

 現代に忍者なんて時代遅れだし、そもそも、電車と並走できるほどの脚力がある人間が居るはずがない。

 窓の外を殆ど見なくなった。その代わりに僕は参考書に向き合い、勉学に勤しんだ。時折顔を上げれば、忍者はまだ電車のすぐ横を走っていた。いつになったら見えなくなるんだろう。僕は、あの男の存在が鬱陶しくて仕方なかった。早く消えて欲しいと思っていた。

 中学校の卒業式当日。参考書を見ることもなく、僕は車窓の外を眺めていた。九年間で見慣れた、黒装束の忍者は、いつもと変わらぬ速度で颯爽と駆け抜けていく。

 ノスタルジックな気分に浸りながら、僕は忍者の存在を確かめていた。屋根を飛び越え、茂みを抜けた時、彼は立ち止まった。それは、九年間で初めて見る光景だった。真っ直ぐな瞳で僕の姿を捉えている。目が、離せなかった。それから間もなく、あの忍者はすぐに見えなくなった。それが最後だった。

 

 月日は流れ、僕は父親になった。もうすぐ三歳を迎える息子は、大の電車好き。実家へと向かう道中、見慣れない景色に興奮し、窓の外を眺めては、笑顔を撒き散らしている。息子を抱きかかえながら、僕も同じように視線を送る。見慣れた景色に、あの忍者はもういない。

 電車は規則正しく揺れながら、線路に沿って進み続ける。

「お父さん! お父さん! 見て!」

 はしゃぐ息子が窓の向こうを指差す。

「ん? どうした?」

「窓の外見て!」

 息子は、僕と同じ景色を見ていた。その目に、男の姿を捉えていた。

 全身に鳥肌が走った。興奮している理由はこれだったのだ。

「忍者! 本物の忍者だ!」

 僕は、大はしゃぎの息子を強く抱きしめた。

「手ぇ振ってる! お父さん、手振ってるよ!」

 忍者は今も走っている。電車に負けぬ脚力で走っている。

 僕は、大きく手を振った。我が子に負けじと、力いっぱい。

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