転生キツネの異世界旅行記
はいいろねんど
第0話 移動雑貨店「きつねや」
いつかの未来で
森の中 街道のそば
低い屋根に小さなカウンター 小さな作業台の見える小さな店。
「雑貨 きつねや」とかかれた吊り看板の奥で小さな影が何やらいじっている。
『イラッシャイ』
客に気付いて声をかけたその顔は狐
この「雑貨 きつねや」の店主はその名前のまま狐である。
喋りもすればヒトのような動きもするが獣人でもない、狐。
その喋り声は人らしくもなく、動物らしくもなく、雑な合成音声じみている。
店主から何から子供のママゴトのようなサイズの店。
しかし、並べられているのはロープや水 野営道具、ポーションといった実用品ばかりだ。
客は体躯のいい いかにも「冒険者」らしい風体の男。
藪にでも突っ込みでもしたのかあちこち薄汚れて、頭に葉っぱまでのっている。
男が少しかがむ程度では小さな店には高さが合わず、諦めて地面に座り込んで店を覗く。
『ナニガイルノ?』
「下級の毒消しふたつと中級ポーションひとつ。
…ええと、下級のキュアポーションもひとつ。あー、これで頼む」
男は小銭を数えて出すのが面倒になったのか、値段も聞かずに財布を店主の狐に押し付ける。
『オイ!不用心ダゾ! 外料金デ1440テス ダ』
狐はプリプリ怒りながら代金をとると、頼まれた商品をカウンターに並べていく。
「やっぱ高くついたな。うし、たしかに」
『釣リノ確認クライシロ。ンデ、少シ話ス時間ハアルカ?』
「おう、大丈夫だ。ん?これ釣り多くないか?」
言われてようやく確かめた財布の中身は、男が思っていた程減っていなかった。
『ヨク買ッテクレルシ 情報料モ コミダカラナ
用意ノイイ アンタガ ナンデ コンナトコデ買イコム』
「助かる。この奥行ったところにポイズンビネアが群生しててな。
あらかた刈り取ったが、手持ちの薬も切れちまって。
んで、ギルドに報告に戻るとこだ。」
ポイズンビネアは毒のトゲを持つ蔦の魔物。少数なら面倒なだけでそう脅威でもないが、大抵まとまって生える上に増えるのも早い。
面倒な相手をソロでと自慢げな男だが、すり傷切り傷であちこちほつれている。男がたじろぐほどじっくりと観察した後、狐はつり目をさらにつり上げる。
『アノ ツタ藪、ソロデ相手スルモンジャナイダロウ!』
「はは、その通りで。
ちょっとヤバくなって備えのポーション使う羽目になった。」
『ドウリデ ソンナボロボロナノニ怪我ガナイノカ』
狐が怒りながらも心配しているのが見えて嬉しい男は上機嫌になり、
それを見た狐はノーテンキな奴めとプリプリ怒る。
子供ほどの大きさの狐が怒っても、ただただ可愛いだけなのであまり効果は無さそうだ。
「んじゃ、ほどんど移動しない魔物とはいえ打ち漏らしもあるかもしれないし、そっちも気をつけろよ」
手早く荷をまとめた男は早足に街道を進んでいく。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
『オウイ、乗ッテクカ?』
程なくして狐が男に追いついた……店の建物ごと。
小さな店の柱に紛れていた8つの黒い脚が下から伸び 店を支えて歩き、
カウンターにかけられたレースのベールの下には8つの目が隠れて覗いている。
店を丸ごと背負って進む人よりも倍は大きい巨大な蜘蛛の
『乗リ心地ハ保証デキナイガ、歩クヨリャ早イヨ』
「いいのか?……しっかしどこに乗るんだ…」
どこもかしこも狐サイズの小さな店に、ただでさえ体躯のいい男が入れる場所は見当たらない
店主は店の屋根を指して一言。
『屋根ノ荷台』
「…まあ早いにこしたとこはないか、ありがとう」
男は腑に落ちない顔で荷台に上がった。
強くはないが数が多くしぶとい毒蔦には、それなりに腕の自信がある男もくたびれていたから渡りに船だった。疲れた頭で いや渡りに蜘蛛か?とか詮無いことを考えながら乗った荷台は思ったより広く乗り心地も良かった。
同乗者の増えた雑貨屋は変わらぬ速度で進んでいく
「本当助かる。店仕舞い急かしちまったか?」
『ヤ、ソモソモ休憩ツイデダッタ カラナ
ドノミチ早メニ切リ上ゲルツモリダッタ』
「そうか、それじゃ改めて街まで頼む」
『アイ!』
「ところで、声が妙なことになってるのはつっこんだ方がいいのか?」
『今更カヨ!』
狐は親切心で渡そうとしていた濡れタオルを少しのイラだちとともに男の顔目掛けて投げつけた。現役冒険者相手じゃ案の定当たることなく受け止められたが。
「…またなのか?」
『…マタナンダヨ』
訳知り顔の男と眉間にシワのよる狐。
狐はものづくりもするが上手くいかないことも多い。肉球のついた手では簡単なものはともかく回路を刻むような道具は厳しいものがある。
取り出した調子の悪い発声器をこづく。
ブツリという音を立てて「声」が出なくなった。
『きゃん!ひゃーん!(やってしまった!なんてこった!)』
「ワハハハ!」
最近めったに聞かなくなった店主の狐声に、何が起こったのかを察した同乗者の笑い声が響いた。
これは異世界転生でうっかり狐になった「私」が
慣れぬ体に四苦八苦しながら、なんやかんや旅をしていく話である。
まあ、この四苦八苦もなかなかオツなもんで
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