(11)

 え……そう言えば、ここ、見覚えが……。

「おい、良く見たら、ここ、宿屋の近く……」

「あっ……」

 スナガに町中を引き摺り回されて……元の場所に戻って来てしまったら……ん……。

 眩しい。

 目が……。

 ようやく明るさに慣れると……。

「ああ……こりゃ、ええ気味だぁ♥」

「そ……そのような事は……あまり……口に……」

「何か言っただか、聖女様?」

 燃えていた。

 さっきの宿屋が……。

 僕達を追い出した宿屋なんで、普通に考えたら「ざまぁ」「今頃、泣いて後悔しても、もう遅い」だけど……。

 でも……もし、出火原因が放火だった場合、誰が放火したかを考えると……嫌な予感しかしない……。

「か……隠れろ……」

「えっ? どうしただか、御主人様?」

「ここに放火した奴は……絶対に……君達、白い肌の者達を……うわっ⁉」

 僕は、飛んできたモノが顔面に激突する瞬間に手で掴んだ。

 ざくっ……。

 叩き落さずに、下手に掴んだせいで、刃が指に食い込み……あれ、このナイフ、何か形が変だ。

 元の世界でも、どこかで似たようなのを見た事が……えっ? まさか、料理用のペティナイフ?

「いたたたたた……ッ⁉」

勇者ボルグ様、大丈夫ですか? 今、治癒魔法を……」

「あ……ありがとう……」

 クソ、何だよ、この鎧?

 明らかな設計ミスだろ?

 何で、他の所は頑丈そうなのに、手の指は剥き出し……。

 ごおッ‼

 何かが、僕達の方に突撃。

 そして、僕の手を治療してる聖女様の頭を狙って横殴りの攻撃。

「うわっ⁉」

 でも、チート能力のせいか、その攻撃はゆっくりに見える……。

 聖女様を抱き抱えて、体ごと回転。

 僕の背中で、その攻撃を受け……。

 ガンッ……。

 そいつは、打撃武器を捨て……その打撃武器が石で舗装された道路に激突する音。

 えっ? フライパン? と言うか、むしろ……アウトドア用なんかのスキレット?

 元の世界の一般的なフライパンより、ぶ厚く重そうなの……。

 そして、そいつは、僕の胴体に両手を回し……。

「えっ?」

 手は思ってたより細い。

 でも……。

「に……逃げて……」

 僕は聖女様を離す。

 どうやら……小柄で細身らしいそいつは……何と、大剣・鎧込みの僕の体にバックドロップを仕掛け……。

 嘘……。あっさり体が浮く。

 ガンッ‼

 石畳にヒビが入る。かなり盛大なヒビだ。

 背中に背負っていた大剣の柄の先が、頭より前に石畳に激突してくれた御蔭で……衝撃は思ったより小さい。

 続いて……内股に……うわああ……痛い……と言うより熱い。

 ゆ……唯一、よ……良かったのは……あんな所を何かの刃物で狙われたのに……玉と竿は無事だった事ぐらい。

「だ……誰だ?」

「うるさい。お前が、父さんと母さんのかたきでも、あたしにだって情けぐらいは有る。大人しくしてれば、楽に死なせてやる」

 女の子の声。

 起き上がって、声の主を見ると……。

 頭には三角巾。

 胴体には……動き易そうな服にエプロン。

 右手には中華包丁風のバカデカい包丁。左手には刺身包丁みたいな長い細身の包丁。

「だ……誰?」

「お前らが泊った宿屋の娘だッ‼」

「えっ?」

「お前のせいで……あたしの父さんと母さんは暴徒に殺されたんだッ‼」

「な……なら……暴徒の方を……うら……め……」

 あれ?

 頭には、そんなに大きなダメージを受けてないのに……何故か、フラフラ……。

勇者ボルグ様、いけませんッ‼ 早く、治療魔法を……」

「させるかッ‼」

 宿屋の娘を名乗る女の子は……包丁を振り回し、僕の方に近付こうとした聖女様を牽制。

 続いて、僕に向けて……。

 包丁を……振う振う振う振う……斬・突・斬・斬・斬・突・斬・斬・突・突・斬・斬・斬・斬・斬……。

 どうなってる?

 手の指の傷は治っている。

 太股の傷は……浅い。

 なのに……。

 血が止まらない。

 体から力が……抜けていく。

 何?

 これ、魔法?

 でも、何で、宿屋の娘が魔法なんか……?

 ああ……駄目だ……もう、視界がボヤけ始め……。

 クソ。

 大剣を抜く暇さえ与えてくれない。

 こんなの有りかッ?

 チート能力持ちの転生者が……単なる宿屋の娘に殺されるなんてッ‼

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