(8)

「クソ、宿屋の主人に文句言ってくるわ。何で、馬小屋に病人肌ペイルズが居るんだよ? 俺の大事な馬が病気になるだろうがッ‼」

 野太い男の怒りの(ただし、怒り狂ってるにしては、何故か説明セリフ)の声。

「あ……あんた……変態か? ビョ〜キか?」

 そこに、ゾロっと並んでいたのは……この宿屋の他の泊まり客達。

「す……すんませんだ、御主人様。便所に行ったとこさ、見付かっちまっただぁ〜……」

 続いてスナガの泣き声。

 おい、何だよ、これ?

「もう、やめてけろ。御主人様がオラダヂさ人間扱いしてくれるのは嬉しいだども、これ以上やったら、御主人様に迷惑がかかるだ。オラダヂみでえな人間じゃねえモノは、畜生として扱ってけんろ」

 ゲシっ‼

 ボコっ‼

 スナガが殴られ蹴られる。

「うるせえ。何が畜生だ? 人間にも家畜にも病気を伝染うつすような奴は畜生以下だッ‼ 何、地上にノコノコ出て来やがった? テメェらの命に比べりゃ、家畜の命の方が、まだ重いんだよッ‼」

「や……やめて、そいつだって……え……えっと……あれ……?」

 いけ好かない奴だけど、流石に、この光景は見てられない。

 でも、「そいつだって人間だろ」って言葉が口から出かけたけど……あれ? この世界では「白人は人間じゃない」扱いされてる訳で……。

 だけど……。

 スナガなんか死んでもいい。

 でも、スナガを見捨てたら……聖女様は僕の事をどう思うだろう?

 そうだ、やるしかない。

「やめろ、そいつだって人間だッ‼」

 ……。

 …………。

 ……………………。

 僕以外、総ポカ〜ン。

「おい、脳病院、まだ開いてたっけ?」

「朝にならねえと、開かないんじゃね?」

「あの、私、旅の画家ですが……」

 そう言い出したのは……宿屋の泊まり客の中でも、一番、日本人っぽい風貌の奴。

「まぁ、気取った言い方で『多様性』なんて事を言う脳内御花畑の理想主義者も居ますけどね……主に脳病院の中に……」

 おい、何で、ナーロッパ世界に、そんな単語が有るんだよ?

「でもね、本当の多様性ってのは色彩豊かな絵の具をパレットに並べる事であって筆洗いのバケツの方では無いんですよ。1つ1つは綺麗な色でも混ぜると汚なくなるんです。瑠璃ラピスラズリを粉にした一番高価な青い絵の具に他の色を混ぜる馬鹿な画家は居ませんよ。貴方にとって、その白豚女は美人かも知れない。でも、そんなの、貴方の感想に過ぎませんよ。人間と白肌の豚どもが混って暮したりするのは、お互いにとって不幸です。人間と白肌の豚が混ってしまうと、お互いがお互いを汚してしまうんです。日光に弱い白肌の豚どもは、地下の下水道か何かでみじめに暮して、我々人間は、太陽の光を地上で享受する。それが自然ってものですよ。すぐに、その雌豚を下水道に送り返しなさい。それこそが、人間も豚も幸せになれる真の多様性なんですよ」

「おい、あいつらが豚だと? 豚肉は美味いけど、あいつらの肉を食う馬鹿は人食い人種にだって居ねえぞ。あいつらの肉食ったら病気になる」

 最悪な長台詞の後に、更に最悪なツッコミ。

「あのさ、お前、そいつを人間扱いしてるみてえだけど……でも、流石に、その女とキスとかするのは、お断りだろ?」

「阿呆かぁッ‼ 出来るわッ‼ むしろッ‼ 喜んでキスするッ‼」

 多分、この時、僕は怒りと混乱の余り……この世界の常識を忘れ、前世の常識で行動してしまったんだ。

 僕は、聖女様を抱き寄せ……唇を奪い……ああ……考えてみれば……僕にとっても聖女様にとっても……最悪のファーストキスだ……。

 でも、もっと、最悪な事が、その直後に起きた。

「げえっ……」

「げえっ……」

「げええええ……」

 え……?

 宿の泊まり客達が……一斉に嘔吐。

 ギャグ漫画やコメディ映画でもやらないような、もの凄い嘔吐。

 全員が、口から滝のようにゲロを吐き出してる……。

 おい。

 待て。

 僕は、ものすごぉ〜く可愛くて綺麗な……ロリ顔の白人の女の子とキスしただけだぞ。

 それなのに……。

 何で、ポリコレと多様性に配慮し過ぎた屑ハリウッド映画のラブシーンを評してる映画感想系Youtuberみたいな真似を、どいつもこいつもやってやがるんだ?

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