death建築はコーヒーのように、苦い

広河長綺

第1話

世界で最も多くの密室殺人を成功に導いた闇建築士の黒谷垂水くろたにたるみは、無礼な相棒が好きだった。


相棒の名前は草野猪名くさのいな。垂水と同じ23歳の女だが、元半グレで人を殴り殺したこともあり、立っているだけで周囲を威圧する貫録がある。


一方の垂水は、猪名よりも多くの人間を殺しているとはいえ、あくまで闇建築家としてでしかない。


――警察も見つけられないような隠し出入口を部屋に作る。あるいは遠隔で人を殺す装置を部屋に仕掛ける。建築士だからこその仕掛けで密室殺人を成功に導き、自殺や事故と結論づけさせて犯人が捕まらないようにする。


それが闇建築士である垂水の業務内容であり、直接人を傷つけるようなことはしないし、やりたくてもできない。


そんな、闇社会に身を置きながら暴力が苦手という半端者の垂水の目には、猪名のいかにもワルっぽい姿が眩しく見える。


まつ毛がパッチリ開いたけばけばしいメイク。

ギャル的かわいさがある挑発的なピンクのミニスカート。


どんなにきちんとした雰囲気の商談でも、その格好を修正することはない。

しかしそういった垂水にとっての猪名の魅力は、闇建築の顧客たる大富豪には不評なのが常だった。


今日も建設途中の豪邸の前で待ち合わせていたのだが、依頼人が予定時間に来て2人を見た時、猪名の方を見てわずかに顔をしかめた。しかしそこは上流階級。依頼人はまだ女子高生だというのに、あからさまな嫌悪の表情を押し隠し、「闇建築を依頼いたしました。坂鳥真野さかとりまのと申します。本日はよろしくお願いします」とお辞儀をして礼儀正しく対応してくれた。


真野と名乗った依頼人の少女は、よくみると、年相応のあどけなさが残る顔ではある。


高級なリンスを使ってそうなセミロングの髪は後頭部の毛だけを大きなリボンで束ねたハーフアップで、眼も顔も丸っこくてキュートだ。そんな子どもっぽさを残した顔つきの中にも、上級国民特有の雰囲気の冷たさもしっかりあって、近寄りがたい。


真野は頭をあげ「では、中にご案内しますね」と玄関の端についた小さな穴を覗いた。すると、重苦しい音をたてて象もくぐれるんじゃないかと思うほどの巨大な門が、開いた。


網膜認証キー。全自動で動く分厚い扉。


猪名が「おーすげー!SFみたいじゃん」と子どもじみた歓声を上げていたが、こういう態度をいちいち注意していたらきりがない。私は下品な相棒を無視して、お嬢様の後ろについて行きつつ、ポケットからサーモグラフィスキャナーを取り出した。


今から入る豪邸をスキャンする。


3階建て。車庫は2つ。


事前調査通りの構造。そして、人間の体温は感知されない。

警察によるおとり捜査を一応警戒していたのだが、このスキャンでそれもないと確信を持てたので、安心して豪邸に足を踏み入れた。


外から見てる分には立派な豪邸といった印象を受けていたのが、中に入ると、工事中の建物に過ぎないことが露わになった。


広々とした応接間はあるのに、ソファーがない。

巨大な廊下には、本来あるはずの絵画や花といった飾りが1つも無い。

大理石が美しく輝くシステムキッチンには、水もガスも来ていない。


豪華なのに殺風景な内観。


垂水がキョロキョロと豪邸内を観察していると、真野さんが、持参していたカバンからコーヒーカップと小型の持ち運びコンロを取り出し始めた。


金持ちの女子高生のカバンから出てくるものとは思えない。


垂水が「どうしたんですか」と尋ねると「いやー、私の家の家訓で客人にコーヒーくらいは出しなさいっていうのがあるんですよ。でもこの家にはガスも水道も通ってないでしょう?だから簡易コンロでペットボトル飲料水の水を沸かしてコーヒーをいれようと思いまして」と、真野は答えた。恥ずかしがっているような口調だった。


未完成とはいえ我が家に来客を招いたのに何ももてなさないという貧乏臭さが、真野のプライドに障るのだろう。上流階級ほど、形式に拘ることが多い。


垂水はそんな真野の内心を慮って「ありがとうございます。いただきます」と頭を下げたが、当然ながら垂水のような繊細な心遣いを猪名が持ち合わせるわけがない。「えー?安いコーヒーならいらないっすよ」とズケズケと言い放つ。


もう限界だ。これ以上金持ちと猪名を同席すべきじゃない。


垂水は真野に「猪名だけ先に2階に行き現場を見学してていいですか?私はコーヒーを頂きながらお話をうかがうので」と提案し、許可をされた。


こうして猪名は2階へ、真野はキッチンへ向かうことになった。


1人残された垂水がコーヒーを待つ間に、真野から渡された間取り図を見ていると、この家が少し変則的な作りをしていることに気づいた。いつものマニュアル通りの設計ではうまくいかない。だからこそ本来ならば「暴力」担当の猪名ではなく、「計算」が得意な垂水がどうにかすべき事案なのだが…。


「うーん」

隣の部屋とはいえ依頼人がいるのに、思わず唸ってしまった。


天井の穴を開けたい箇所の上にダクトが通っている。

それなら、と壁に穴を開けようとするとちょうどそこにコンセントの穴が設置されていたりする。


ここの部屋は小さな不運がいくつも重なり、密室殺人のための仕掛けが設置しづらい部屋だったのだ。


上手い設計が思いつかない。


デス建築家を十数年続けてきて初めてのケースだ。


さらに間の悪いことに、ちょうどアイデアに苦心した表情をしているタイミングで、真野がコーヒーを完成させて戻ってきてしまった。

「黒谷垂水さん?何か問題でもあったのでしょうか?」

真野の顔に不安と不信の色が広がった。


もちろん「隠し通路の設置計画を作れなくて困ってます」なんて明かせない。そんなことを言ったら契約解除されてしまう。


苦心していることは口にせず、かわりに垂水はをした。

「大まかな計画は考えられました。このあと2階の部屋に行って先に着いてる猪名も交えて詰めの話し合いをしませんか?」


・・・全てが嘘なわけじゃない。猪名に頼る必要があるのは本心だ。垂水ができない設計の難題を猪名が解決できる望みは薄いが、垂水ができない以上、猪名にきくしかない。


その気持ちが通じたのかはわからないが、真野は「じゃあ一緒に2階に行きましょう」と了承してくれた。



しかし結局のところ、猪名を交えた3人での話し合いを再開することはできなかった。

垂水と真野が2階に上がり、目的地の部屋に到着してみると、猪名の死体が転がっていたからだ。


そこも1階と同様で工事が終わっておらずかなり殺風景な部屋だったのだが、その空虚な広い床を血だまりが鮮やかに染めていた。


猪名はナイフで何回も刺されており、大量に血が溢れていたのだ。


呆然とした後、垂水は「まだ雇用契約が終わってないのに死なないでよ」と呟き、猪名の死体の傍に行き観察した。それから、ポケットから銃を取り出し、振り返って、背後にいる真野に向けた。


「どうして私に銃を向けるんですか?私みたいなただの女子高生が猪名さんみたいな人を殺せると思います?」真野は首を軽くかしげた。


「猪名は対人戦闘が極めて得意なの。なのにこの猪名の死体には抵抗した痕跡がない。この部屋には私たちとは別の闇建築家によって死のトラップが仕掛けられていて、それを使って猪名を殺したってことでしょ」


銃を向けて乱暴な口調で垂水が追及しても、真野は涼しい顔で、

「でも、猪名さんの死体はナイフで何度も刺されていて、しかもナイフは現場にないですよね?人の手で殺した感じでしょう?」


「偽装工作でしょ」垂水は追及を止めない。「機械仕掛けで猪名を殺した後、あなたはこの部屋に来て、自分の手でナイフを何度も突き刺したんだ。そうすれば人の手による犯行に見えるよね」


「いつ?垂水さん、私はあなたの隣の部屋で、キャンプ用品まで使ってコーヒーを作ってたんですよ。生きている猪名さんを刺すにしろ、死んでいる猪名さんを刺すにしろ、私には時間がなくて不可能だったんです」


「いや、可能です。例えば、あらかじめ小さな鉄球をガスバーナーで加熱し断熱容器にいれて隠し持っておけばいい。それを水にいれれば熱が伝わり一瞬でお湯になる。その時間で窓から上へ登り既に死んでいる猪名をナイフで刺し戻ってきた。違う?」


真野は落ち着いて尋ねた。「証拠は?」


垂水は呼吸を荒くしながら「いらない。私は警察じゃなくて、闇建築家なのだから、根拠なく断罪してもいいの」と言い放ち、引き金を引こうとした。


その瞬間、猪名の死体から炎が上がった。

真野が猪名の死体に仕掛けた時限発火装置が作動したのだ。


もちろん、垂水はそれを無視して、まず真野を射殺すべきである。

猪名はもう死んでいるのだから、死体が燃えても気にすることはない。


なによりも自分の敵を排除することが、最優先事項だ。

悪人を徹底できている猪名なら、そうするはずだった。


だが垂水は、自分の憧れの対象である猪名と、きちんとした葬式でお別れしたいと思っていた。少なくとも、こんな所で雑に燃やされるなんて、許容できない。


垂水は、とっさに、目の前の真野に背を向け、猪名の死体に駆け寄った。


その隙を真野が見逃すはずもない。

隠し持っていたスイッチのボタンを押すと、部屋の壁に穴が開き、ボーガンの矢が放たれ、垂水の体を貫いた。


絶命した垂水の体が、猪名の死体に覆いかぶさるようにして倒れていく。


真野にとっては、密室殺人で殺された両親の復讐を果たした、記念すべき瞬間だ。


でも喜びも達成感もない。復讐マシンと化している真野の心は、17歳にして冷え切っていたから。

真野は2人の死体を放置し、1階に歩いて戻ると、残っていたコーヒーを飲んだ。

そして、玄関から外へ出て行った。


何事もなかったかのような静かな足取りで。


真野が豪邸を立ち去った後も、猪名と垂水の死体は燃え続け、その炎は建物全体に広がり、全てを灰に変えていった。

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