感情センサー

カニカマもどき

放課後の理科室にて

「ではさっそく、私の感情をゆさぶってみてくれ」

 さも、当然のことであるかのように。

 そこの醤油取って、とでも言うようなノリで。

 部長――天斉鉢てんさいはつメイカ先輩は、俺に向かってそう言った。


 *


 説明しよう。

 財格さいかく高校・発明部とは。

 部長であるメイカ先輩が、日々、多種多様な発明・試作を行い。

 その試運転に毎回、俺が付き合わされるという、非公式の部活動である。


「本日の発明品はコレだ」

 今日も今日とて、いつものごとく、先輩は自作の発明品を俺に披露する。

「これは……ブローチですか?」

「うむ。無論、ただのブローチではない。身に着けた者の感情に応じて、宝石を模したセンサーの色が変化する。名付けて、『感情センサー』」

「感情に応じて、色が」

 原理は全く分からないが、今回もなんだかすごい発明のようだ。


「ただ、深夜のハイな頭脳に任せて勢いで作った弊害として、どの色が何の感情を表すのか、私にも分からん」

「そんなことあります?」

 先輩は天才だが、こういうところはアレだ。

「そこで今日は、コレを実際に身に着け、感情と色の相関性を確認していこうと思う」

 自ら、感情センサーを身に着け。

 そうして先輩が口にしたのが、冒頭のセリフである。

「ではさっそく、私の感情をゆさぶってみてくれ」


 *


 「また、とんだ無茶ぶりを……」

 感情って、こんな真っ向から、ゆさぶれと言われてゆさぶれるものでもないと思うが。

 まあ、どうせ付き合わなければ終わらないのだから、さっさとやるか。


「では先輩。こちらをご覧ください」

 俺は右手を握り、ゆっくりと、先輩の眼前に差し出す。

 少しもったいぶってから――

 ――ぱっと手を開き。

「……なんだ。何も握っていないじゃないか」

 先輩が緊張を解いたところで。


「あっ! ムカデ!」

 先輩の足元を指さして、そう叫ぶ。

「ひっ!」

 跳びあがり、俺の後ろに隠れつつ――おもむろにレーザー銃(発明品第四号)を構える先輩を見て、俺は慌ててネタばらしをする。

「ウソウソ。ウソです。ムカデなんか居ませんって。ほら、先輩が感情をゆさぶれって言うから。センサー、何色になりました?」


 見ると、感情センサーは紫色に変化している。

「なるほど。紫色は”恐怖”や”怯え”の色ってことですかね」

 俺がそう言うと。

「……いいや。”冷静”だ」

「え?」

「私は冷静だ。ウソのムカデなんぞに驚き怯えるわけがなかろう。ご近所さんには冷静の権化とまで言われた、この私だぞ。怯えるわけがない。つまり、紫が表す感情は”冷静”だな」

 先輩は、涙目でそう言った。

「…………」

 今日の先輩は、なかなかに面倒くさい。



 その後。

 スマホで、動物の可愛い映像を見せたところ、先輩の表情はゆるみ、センサーはオレンジ色になった。

「オレンジは、”可愛い”とか”和み”とかですかね」

 と言うと、先輩は、

「私にそんな感情があると思うか。オレンジ色が表す感情は、”感心”や”研究的興味”といったところだな」と言った。


「いつも発明がんばってえらい。すごい。天才」

 先輩の頭を撫でてみると、センサーは赤色になった。

 というか、先輩の顔も赤い気がする。

「赤は、”喜び”とか……?」

 俺が言いかけたところで、先輩は、

「いや、”憤怒”だな」と否定した。

「後輩に見下されている感じで、屈辱。怒りが収まらん。私の憤怒の形相は見ない方がいい」

 そう言って、先輩は顔をそむけた。



 小一時間ほど、そうやって検証を続けた後に。

 夜更かしの疲れが出たのだろう。

 なんやかんやあって、先輩は、俺の膝枕で寝息を立て始めた。

 センサーの色は、外の夕焼けと同じ、オレンジ色であった。

「やっぱり、オレンジ色は”和み”とかなのでは……」

 俺はそう呟く。

 まあ、なんでもいいか。

 

 今は、先輩をゆっくりと休ませてやろう。

「次はどんな発明が飛び出すやら」

 そんなことを思いながら、俺も目を閉じて、先輩とともに、うたた寝を始めるのだった。

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感情センサー カニカマもどき @wasabi014

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